新「えゝ、そうでございますか、是はどうも思い掛けねえ事で」
音「なんだ、お前《めえ》さん知ってるのか」
九十二
新「なに知って居やア仕ませんがね、私も方々旅をしたものだから、何処《どこ》の村方には何《なん》という名主があるかぐらいは知って居ます、惣右衞門さんには、水街道辺で一二度お目に掛った事がございますが、それはまアおいとしい事でございましたな」
というものゝ、音助の話を聞く度《たび》に新吉が身の毛のよだつ程辛いのは、丁度今年で七年前、忘れもしねえ八月廿一日の雨の夜《よ》に、お賤が此の人の親惣右衞門の妾に成って居たのを、己と密通し、剰《あまつさ》え病中に縊《くび》り殺し、病死の体《てい》で葬りはしたなれ共、様子をけどった甚藏|奴《め》は捨てゝは置かれねえとお賤が鉄砲で打殺《うちころ》したのだが土手の甚藏は三十四年以前にお熊が捨児にした総領の甚藏でお賤が為には胤違《たねちが》いの現在の兄を、女の身として鉄砲で打殺すとは、敵同士の寄合、これも皆因縁だ、此の惣吉殿のいう事を聞けば聞く程脊筋へ白刄《しらは》を当てられるより尚《なお》辛い、アヽ悪い事は出来ないものだと
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