事は諦めて呉れとはいいましたが、汝は己の真実の妹だとはいい兼て居り、尼が本堂へ往けば、お熊比丘尼の後《あと》に附いて参り、墓場へ往けば墓場へ附いて往く、斎《とき》が有ればお供を致しましょうと出て参り、兎角にお賤の傍《そば》へ寄るを嫌いますから、お賤は腹の中にて、思いがけない怪我をして半面変相になり、斯《こ》んな恐ろしい貌《かお》に成ったから、新吉さんは私を嫌い、大方|母親《おふくろ》が此の庵主に成っているから、私を此処《こゝ》へ置去りにして逃げる心ではないかと、まだ色気がありますから愚痴|許《ばか》りいって苦情が絶えません。新吉の能く働きまする事というものは、朝は暗い内から起きて、墓場の掃除をしたり、門前を掃いたり、畠へ往って花を切って参って供えたり、遠い処まで餅菓子を買いに往って本堂へ供えたり、お斎が有るとお比丘さんの供をして参り、仮名振の心経や観音経を買って来て覚えようとして居りますのを見て、
尼「誠に新吉さんは感心な事では有るが、一時《いちじ》に思い詰めた心はまた解《ほご》れるもの、まア/\気永にしているが宜《よ》い、只悪い事をしたと思えばまだお前なんぞは若いから罪滅しは幾らも
前へ
次へ
全520ページ中489ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング