えましょう、川を越してのお泊は御難渋《でけえ》ようだが、今夜は何処《どこ》へお泊りか知りやせんが、廉《やす》くやんべえかな」
士「馬は欲しくない」
馬「どうせ帰《けえ》り馬でごぜえやす、今ね新高野までお客ウ二人案内してね、また是から向《むこう》へ往《い》くのでごぜえやすが、手間がとれるから、鰭ヶ崎の東福寺《とうふくじ》泊《どま》りと云うのだが、幾らでもいゝから廉く遣るべえじゃアねえか」
士「馬は欲しくないよ」
馬「欲しくねえたって廉かったら宜《え》えじゃアねえか」
士「廉くっても乗り度《た》くないというのに」
馬「そんな事を云わずに我慢して乗ってッて下せえな」
士「うるさい、乗り度くないから乗らんというのだ」
馬「乗り度くねえたって乗ってお呉んなせえな、馬にも旨《うめ》え物を喰わして遣りてえさ、立派な旦那様、や、貴方《あんた》ア安田さまじゃありやせんか」
士「誰だ」
馬「おゝ先生かえ、誠に久しく会わねえ、まア本当に思えがけねえ、横曾根村にいた安田先生だね」
士「大きな声をするな、己は少々仔細有って隠れている身の上だが、突然《だしぬけ》に姓名をいわれては困る、貴様は
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