易に寄り付きません。新吉もお累が死んで仕舞った後《あと》は、三藏から内所で金を送る事もなし、別に見当《みあて》がないから宿替《やどがえ》をしようと、欲しがる人に悉皆《そっくり》家を譲って、時々お賤の処へしけ込みます。其の間は仕方がないから、水街道へ参って宿屋へ泊り、大生郷の宇治の里へ参って泊りなどして、惣右衞門が留守だと近々《ちか/″\》しけ込みます。世間でもかんづいて居るから新吉は憎まれ者で、誰《たれ》も付合う人がない。横曾根|辺《あたり》の者は新吉に逢っても挨拶もせぬようになりました。新吉はどん/\降る中を潜《そ》っと忍んでお賤の処《とこ》へ来ました。
 新「おい/\お賤さん」
 賤「あい新吉さんかえ」
 新「あゝ明けておくれな」
 賤「あい能くお出《いで》だね、傘なしかえ」
 新「傘は有ったが借傘《かりがさ》で、柄漏《えもり》がして、差しても差さねえでも同じ事でずぶ濡だ、旦那の病気は何《ど》うだえ」
 賤「お前がちょい/\見舞に来てくれるので、新吉は親切な者だ心に掛けてちょく/\来て呉れるが感心だって、悦んで居るが、年が年だからねえ、何《なん》だって五十五だもの、病気疲れですっか
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