ておくんなさえ、ねえ、憫然《かわいそう》で、貴方《あんた》の手が切れてから誰《たれ》も見舞《みめえ》にも行《い》かぬ、仮令《たとえ》貴方《あなた》の手が切れても、塩梅《あんべえ》が悪《わり》いから村の者は見舞《みめえ》に行ったっても宜《え》えが、それを行かぬてえから大概《てえげえ》人の不人情も分っていまさア、何《ど》うか寄って顔を見て遣《や》っておくんなさえ、私《わし》もお累さんが小せえうちから居りやすから、訪ねてえと思うが、訪ねる事が出来ねえが、表で逢っても、新吉さんお累さんの塩梅《あんべえ》は何うで、と云うと、何《なん》だ汝《われ》は縁の切れた所《とこ》の奉公人だ、くたばろうと何うしようと世話にはならねえ、と斯《こ》う云うので、彼《あ》の野郎|彼様《あん》な奴ではなかったが、魔がさしたのか、始終はハア碌《ろく》な事はねえ、お累さんに咎《とが》はねえけれどもそれえ聞くと遂《つい》足遠くなる訳で」
 三「何《なん》たる因果でお累は彼様な悪党の不人情な奴を思い断《き》れないというのは何かの業《ごう》だ、よ、覗いて見なよ」
 與「覗けませんよ」
 三「なぜ」
 與「何《ど》うも檐先《のきさ
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