して道を聞くと、これ/\で渡しを渡れば羽生村だ、土手に付いて行《ゆ》くと近いと云うので親切に教えてくれたから、お久の手を引いて此処《こゝ》を出ましたのが八月二十七日の晩で、鼻を撮《つま》まれるのも知れませんと云う真の闇、殊《こと》に風が吹いて、顔へポツリと雨がかゝります。あの辺は筑波山《つくばやま》から雲が出ますので、是からダラ/\と河原へ下《お》りまして、渡しを渡って横曾根村《よこぞねむら》へ着き、土手伝いに廻って行《ゆ》くと羽生村へ出ますが、其所《そこ》は只今|以《もっ》て累ヶ淵と申します。何《ど》う云う訳かと彼方《あちら》で聞きましたら、累が殺された所で、與右衞門《よえもん》が鎌で殺したのだと申しますが、それはうそだと云う事、全くは麁朶《そだ》を沢山《どっさり》脊負《しょ》わして置いて、累を突飛ばし、砂の中へ顔の滅込《めりこ》むようにして、上から與右衞門が乗掛って、砂で息を窒《と》めて殺したと云うが本説だと申す事、また祐天和尚《ゆうてんおしょう》が其の頃|脩行中《しゅぎょうちゅう》の事でございますから、頼まれて、累が淵へ莚《むしろ》を敷いて鉦《かね》を叩いて念仏供養を致した、其の
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