お兼《かね》が御奉公を致した縁合《えんあい》で、盲人が上りましても、直々《じき/\》殿様がお逢い遊ばして下さると云うのは、誠に有難いことでございますが、ヘエ、なに何う致しまして」
 奥「宗悦やお茶を此処《こゝ》に置くよ」
 宗「ヘエ是は何うも恐れ入ります」
 新「奥方宗悦が久振《ひさしぶり》で来たから何《なん》でも有合《ありあい》で一つ、随分飲めるから飲まして遣《や》りましょう、エヽ奥方|勘藏《かんぞう》は居らぬかえ、エ、ナニ何か一寸、少しは有ろう、まア/\宗悦|此方《こちら》へ来な、却《かえ》って鯣《するめ》ぐらいの方が好《よ》い、随分酔うものだよ、さアずっと側へ来な、奥方頼みます」
 奥「宗悦ゆるりと」
 と云うので、別に奉公人が有りませんから、奥様が台所で拵《こしら》えるのでございます。
 新「宗悦よく来た、さア一つ」
 宗「ヘエ是は恐れ入ります、頂戴致します、ヘエもう…おッと溢《こぼ》れます」
 新「これは感心、何うもその猪口《ちょく》の中へ指を突込んで加減をはかると云うのは其処《そこ》は盲人でも感服なもの、まア宗悦よく来たな、何《なん》と心得て来た」
 宗「ヘエ何と云って殿様申し上げるのはお気の毒でげすが、先年|御用達《ごようだ》って置いたあの金子の事でございます、外《ほか》とは違いまして、兼が御奉公を致しましたお屋敷の事でございますから、外よりは利分《りぶん》をお廉《やす》く致しまして、十五両一分で御用達ったのは僅《わず》か三十金でございますが、あれ切《ぎ》り何とも御沙汰がございませんから、再度参りました所が、何分《なにぶん》御不都合の御様子でございますから遠慮致して居《お》るうちに、もう丁度足掛け三年になります、エ誠に今年は不手廻《ふてまわ》りで融通が悪うございます、ヘエ余り延引になりますから、ヘエ何《ど》うか今日《こんにち》は御返金を願いたく出ましてございます、ヘエ何うか今日は是非半金でも戴きませんでは誠に困りますから」
 新「そりゃア何うもいかん、誠に不都合だがのう、当家も続いて不如意でのう、何うも返したくは心得て居《い》るが、種々《いろ/\》その何うも入用が有って何分差支えるからもうちっと待てえ」
 宗「殿様え、貴方《あなた》はいつ上《あが》っても都合が悪いから待てと仰しゃいますがね、何時《いつ》上れば御返金になるという事を確《しっ》かり伺いませんでは困ります、ヘエ慥《たし》かに何時《いつ》幾日《いっか》と仰しゃいませんでは、私《わたくし》は斯《こ》ういう不自由な身体で根津から小日向まで、杖を引張って山坂を越して来るのでげすから、只出来ぬとばかり仰しゃっては困ります。三年越しになってもまだ出来ぬと云うのは、余《あんま》り馬鹿々々しい、今日《きょう》は是非半分でも頂戴して帰らんければ帰られません、何《なん》ぼ何でも余《あんま》り我儘でげすからなア」
 新「我儘と云っても返せぬから致し方がない、エヽいくら振ろうとしても無い袖は振れぬという譬《たとえ》の通りで、返せぬというものを無理に取ろうという道理はあるまい、返せなければ如何《いかゞ》いたした」
 宗「返せぬと仰しゃるが、人の物を借りて返さぬという事はありません、天下の直参《じきさん》の方が盲人の金を借りて居て出来ないから返せぬと仰しゃっては甚《はなは》だ迷惑を致します、そのうえ義理が重なって居りますから遠慮して催促も致しませんが、大抵|四月縛《よつきしばり》か長くても五月《いつゝき》という所を、べん/″\と廉《やす》い利で御用達《ごようだて》申して置いたのでげすから、ヘエ何うか今日《こんにち》御返金を願います、馬鹿々々しい、幾度来たって果《はて》しが附きませんからなア」
 新「これ、何《なん》だ大声を致すな、何だ、痩せても枯れても天下の直参が、長らく奉公をした縁合を以《もっ》て、此の通り直々に目通りを許して、盃《さかずき》でも取らすわけだから、少しは遠慮という事が無ければならぬ、然《しか》るを何だ、余《あま》り馬鹿々々しいとは何《ど》ういう主意を以て斯《かく》の如く悪口《あっこう》を申すか、この呆漢《たわけ》め、何だ、無礼の事を申さば切捨てたってもよい訳だ」
 宗「やア是は篦棒《べらぼう》らしゅうございます、こりゃアきっと承りましょう、余《あんま》りと云えば馬鹿々々しい、何《なん》でげすか、金を借りて置きながら催促に来ると、切捨てゝもよいと仰しゃるか、又金が返せぬから斬って仕舞うとは、余り理不尽じゃアありませんか、いくら旗下《はたもと》でも素町人《すちょうにん》でも、理に二つは有りません、さア切るなら斬って見ろ、旗下も犬の糞《くそ》もあるものか」
 と宗悦が猛《たけ》り立って突っかゝると、此方《こちら》は元来御酒の上が悪いから、
 新「ナニ不埓《ふらち》な事
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