査の顔にかぶり付くような事もございます。又金を溜めて大事にすると念が残るという事もあり、金を取る者へ念が取付いたなんという事も、よくある話でございます。
只今の事ではありませんが、昔|根津《ねづ》の七軒町《しちけんちょう》に皆川宗悦《みながわそうえつ》と申す針医がございまして、この皆川宗悦が、ポツ/\と鼠が巣を造るように蓄めた金で、高利貸を初めたのが病みつきで、段々少しずつ溜るに従っていよ/\面白くなりますから、大《たい》した金ではありませんが、諸方へ高い利息で貸し付けてございます。ところが宗悦は五十の坂を越してから女房に別れ、娘が二人有って、姉は志賀と申して十九歳、妹は園と申して十七歳でございますから、其の二人を楽《たのし》みに、夜中《やちゅう》の寒いのも厭《いと》わず療治をしては僅《わず》かの金を取って参り、其の中から半分は除《の》けて置いて、少し溜ると是を五両一分で貸そうというのが楽みでございます。安永《あんえい》二年十二月二十日の事で、空は雪催しで一体に曇り、日光おろしの風は身に染《し》みて寒い日、すると宗悦は何か考えて居りましたが、
宗「姉《あんね》えや、姉えや」
志「あい……もっと火を入れて上げようかえ」
宗「ナニ火はもういゝが、追々押詰るから、小日向《こびなた》の方へ催促に行こうと思うのだが、又出て行《ゆ》くのはおっくう[#「おっくう」に傍点]だから、牛込《うしごめ》の方へ行って由兵衞《よしべえ》さんの処《とこ》へも顔を出したいし、それから小日向のお屋敷へ行ったり四ツ谷へも廻ったりするから、泊り掛《がけ》で五六軒|遣《や》って来ようと思う、牛込は少し面倒で、今から行っちゃア遅いから明日《あした》行く事にしようと思うが、小日向のはずるいから早く行かないとなあ」
志「でもお父《とっ》さん本当に寒いよ、若《も》し降って来るといけないから明日早くお出でなさいな」
宗「いや然《そ》うでない、雪は催して居てもなか/\降らぬから、雪催しで些《ちっ》と寒いが、降らぬ中《うち》に早く行って来よう、何を出してくんな、綿の沢山はいった半纒《はんてん》を、あれを引掛《ひっか》けて然うして奴《やっこ》蛇の目の傘を持って、傘は紐を付けて斜《はす》に脊負《しょ》って行くようにしてくんな、ひょっと降ると困るから、なに頭巾をかぶれば寒くないよ」
志「だけれども今日は大層遅いから」
宗「いゝえそうでは無い」
と云うと妹のお園が、
園「お父《とっ》さん早く帰っておくれ、本当に寒いから、遅いと心配だから」
宗「なに心配はない、お土産《みや》を買って来る」
と云って出ますると、所謂《いわゆる》虫が知らせると云うのか、宗悦の後影《うしろかげ》を見送ります。宗悦は前鼻緒《まえばなお》のゆるんだ下駄を穿《は》いてガラ/\出て参りまして、牛込の懇意の家《うち》へ一二軒寄って、すこし遅くはなりましたが、小日向|服部坂上《はっとりさかうえ》の深見新左衞門《ふかみしんざえもん》と申すお屋敷へ廻って参ります。この深見新左衞門というのは、小普請組《こぶしんぐみ》で、奉公人も少ない、至って貧乏なお屋敷で、殿様は毎日御酒ばかりあがって居るから、畳などは縁《へり》がズタ/\になって居《お》り、畳はたゞみ[#「み」に傍点]ばかりでたた[#「たた」に傍点]は無いような訳でございます。
宗「お頼み申します/\」
新「おい誰《たれ》か取次が有りますぜ、奥方、取次がありますよ」
奥「どうれ」
と云うので、奉公人が少ないから奥様が取次をなさる。
二
奥「おや、よくお出でだ、さア上《あが》んな、久しくお出でゞなかったねえ」
宗「ヘエこれは奥様お出向いで恐れ入ります」
奥「さアお上り、丁度殿様もお在宅《いで》で、今御酒をあがってる、さア通りな、燈光《あかり》を出しても無駄だから手を取ろう、さア」
宗「これは恐入ります、何か足に引掛《ひっかゝ》りましたから一寸《ちょっと》」
奥「なにね畳がズタ/\になってるから足に引掛るのだよ……殿様宗悦が」
新「いや是は何《ど》うも珍らしい、よく来た、誠に久しく逢わなかったな、この寒いのによく尋ねてくれた」
宗「ヘエ殿様御機嫌|好《よ》う、誠に其の後《のち》は御無沙汰を致しましてございます、何うも追々|月迫《げっぱく》致しまして、お寒さが強うございますが何もお変りもございませんで、宗悦身に取りまして恐悦に存じます」
新「先頃は折角尋ねてくれた処が生憎《あいにく》不在で逢わなかったが何うも遠いからのう、なか/\尋ねるたって容易でない、よくそれでも心に掛けて尋ねてくれた、余り寒いから今一人で一杯始めて相手欲しやと思って居た処、遠慮は入らぬ、別懇《べっこん》の間ださア」
宗「ヘエ有難い事で、家内の
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