五郎であるが、仔細あって暫く遠方へ参って居たが、今度此方へ出て参っても何処《どこ》と云って頼る処も無し、何処か知れぬ処へ奉公住《ほうこうずみ》を致したいが、請人《うけにん》がなければならんから当家で世話をして請人になってくれんか」
 春「お世話どころじゃアございません、是非ともお世話を為《し》なければ済みません、まア能く入らっしゃいました、貴方それじゃアまア脚半や草鞋をお取りなすって、なに御心配はございません、今水を汲んで来ます、ナニその汚れた処は雑巾で拭きますから、まア合羽などはお取りなさいまし」
 と云うから新五郎はホット息を吐《つ》きます。すると、
 春「まア此方《こちら》へ」
 と云うので何か親切に手当を致し、大小は風呂敷に包み箪笥《たんす》の抽斗《ひきだし》へ入れてピンと錠を卸《おろ》し、
 春「貴方これとお着かえなさいましな」
 新「イヤ着換は持って居るから」
 と包の中から出して着物を着かえ、
 新「何うか空腹であるから御飯を」
 春「ハイ宜しゅうございます、貴方御酒を召上るならば取って参りましょう、此の辺は田舎同様場末でございますから何《なん》にもよいものはありませんが、貴方鰻を召上りますなら鰻でも」
 新「鰻は結構、私が代を出すから何《どう》か買って貰いたい」
 春「そんなら跡を願いますよ」
 と是からガラリ障子を明けて戸外《そと》へ出ました。すると此の女房は、実は深見新五郎が来たら是々と、亭主に言付けられているから、亭主の行って居る処へ行って話をする。此の亭主は石河伴作《いしかわばんさく》と云う旦那|衆《しゅ》の手先で、森田の金太郎と云う捕者の上手、かねて網を張って待っていた処だから、それは丁度|好《い》いと、それ/″\手配《てくばり》をしたが、併《しか》し剣客者《てしゃ》と聞いているから刃物を取上げなければならんが、何《ど》うしたものだろうと云うと女房が聞いて、刃物は是々してちゃんと箪笥の抽斗へ入れて錠を卸して仕舞って、鰻を誂《あつら》えに行《ゆ》くつもりにして来たと云う。
 金「そんなら宜しい」
 と云って直《すぐ》に鰻屋の半纏《はんてん》を引掛《ひっか》けて若者の姿で金太郎が遣《や》って来て、
 金「エヽ鰻屋でございます」
 と云うと、此方《こちら》は気が附きませんから、
 新「ハイ大きに御苦労」
 金「お誂えが出来ました、あゝ山椒《さんしょ》の袋を忘れた」
 と云いながら新五郎の受取《うけとり》に来る処を飛上って、
 金「御用だ神妙にしろ」
 と手を取って逆に捻伏《ねじふ》せられたから起《おき》る事が出来ません。

        十四

 金「手前《てめえ》は深見新五郎だろう、谷中の下總屋でお園を殺し、主人の金を百両盗んで逐電した大泥坊め」
 新「イヤ手前は左様なものではござらん」
 とは云ったが、あゝ残念なことをした、それでは此処《こゝ》の女房もぐる[#「ぐる」に傍点]であったと見える、刃物を仕舞われたから是はもう迚《とて》も遁《のが》れぬ。と思いました。いゝ悪党なれば、斯《こ》う云う時の為に懐にどす[#「どす」に傍点]といって一本|匕首《あいくち》をのんで居るが、それ程商売人の泥的《どろてき》ではありませんから、用意をいたしておりません。もう天命|究《きわ》まったと思うと、一寸指の先へ障りましたのは、先刻《さっき》ふと女房に聞いた柿の皮を剥く庖丁と云う鯵切《あじきり》の様な物が、これが手に障ったのを幸《さいわい》と、
 新「左様な覚《おぼえ》はない、人違《ひとちがい》でござる」
 と云って、起上《おきあが》りながらズンと金太郎の額へ突掛《つっか》けたから、
 金「アッ」
 と後《あと》へ下《さが》って傷口を押えると、額から血がダラ/\流れて真赤になり、真実《ほんとう》の金太郎の様になります。続いて逃《にげ》たらと隠れていた捕者の上手な富藏《とみぞう》と云う者が、
 富「神妙にしろ、御用だ」
 と十手を振上げて打って掛るやつを取って抉《えぐ》ったから、ヒョロ/\とひょろついて台所の竈《へっつい》でボッカリ膝を打って、裏口へ蹌踉《よろけ》出したから、しめたと裏口の戸をしめ、辛張《しんばり》をかって置いて表を覗《のぞ》くと人が居る様子だから、確《しっか》り鑰《かきがね》を掛けて燈光《あかり》を消し、庖丁の先で箪笥の錠をガチ/\やって漸《ようや》く錠を明け、取出した衣類を身に纒《まと》い、大小を差して、サア出ようと思ったが、迚《とて》も表からは出られませんから、屋根伝いにして逃げようと、階子《はしご》を上《あが》って裏手の小窓を開けて見ると、ずうっと棟割《むねわり》長屋になって物干が繋《つな》がって居て、一軒|毎《ごと》に一間ばかりの丸太がありそれへ小割《こわり》が打って物干竿《ものほしざお》の掛る様
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