、なんでも仇討《かたきぶ》ちをするって心にもねえ愛想づかしをして、羽生村から離縁状を取り、縁切に成って出て、敵の富五郎を欺《だま》して同類の様子を聴いたら、一角は横堀の阿弥陀堂の後《うしろ》の林の中へ来ているというから、亭主の仇《かたき》を討《う》ちぶっ切るべえと思って林の中へ這入《へえ》ったが、先方《むこう》は何《な》んてッても剣術の先生だ女ぐれえに切られる事はねえから、憫然《かわいそう》に其の剣術遣えが、此の人の姉様《あねさま》をひどくぶっ切って逃げたとよ、だから口惜しくってなんねえ、子心にも兄さんや姉《あね》さんの敵が討《ぶ》ちてえッて心易い相撲取が有るんだ…風車か…え…花車、そうかそれが、力量《ちから》アえれえから其の相撲取をたのむより仕様がねえと、母親《おふくろ》は年い老《と》ってるが、此の人をつれて江戸へ往《い》くべえと出て来る途《みち》で、小金原《こがねっぱら》の観音堂で以てからに塩梅《あんべえ》が悪くなったから、種々《いろ/\》介抱《けえほう》して、此の人が薬い買《け》えに往った後《あと》で母親さんを泥坊が縊《くび》り殺し、路銀を奪《と》って逃げた跡へ、此の人が帰《けえ》ってみると、母様《かゝさま》は喉《のど》を締められておっ死《ち》んでいたもんだから、ワア/\泣《なえ》てる処へ己《おら》ア旦那が通り掛り、飛んだことだが、皆《みんな》因縁だ、泣くなと、兄《あに》さんと云い姉《あね》さんと云い母《かゝ》さままでもそういう死《しに》ざまをするというのは約束事だから、敵討《かたきうち》なぞを仕様といわねえで兎も角も己《おら》ア弟子に成って父《とっ》さまや母さまや兄さん姉さまの追善供養を弔《ともら》ったが宜《よ》かろうと勧めて、坊主になれといってもならねえだから、和尚様も段々可愛がって、気永に遣ったもんだから、遂《つい》には坊様になるべえとッて漸《ようや》く去年の二月頭をおっ剃《つ》ったのさ」
新「ヘエ、そうでございますか、何《な》んですか、此のお小僧さんのお宅《うち》は何方《どちら》でございますと」
音「え岡田|郡《ごおり》か……岡田郡羽生村という処だ」
新「え、羽生村、へえ其の羽生村で父《とっ》さんは何《なん》というお方でございます」
音「羽生村の名主役をした惣右衞門と云う人の子の、惣吉さまというのだ」
と云われ新吉は大きに驚いた様子にて、
新「えゝ、そうでございますか、是はどうも思い掛けねえ事で」
音「なんだ、お前《めえ》さん知ってるのか」
九十二
新「なに知って居やア仕ませんがね、私も方々旅をしたものだから、何処《どこ》の村方には何《なん》という名主があるかぐらいは知って居ます、惣右衞門さんには、水街道辺で一二度お目に掛った事がございますが、それはまアおいとしい事でございましたな」
というものゝ、音助の話を聞く度《たび》に新吉が身の毛のよだつ程辛いのは、丁度今年で七年前、忘れもしねえ八月廿一日の雨の夜《よ》に、お賤が此の人の親惣右衞門の妾に成って居たのを、己と密通し、剰《あまつさ》え病中に縊《くび》り殺し、病死の体《てい》で葬りはしたなれ共、様子をけどった甚藏|奴《め》は捨てゝは置かれねえとお賤が鉄砲で打殺《うちころ》したのだが土手の甚藏は三十四年以前にお熊が捨児にした総領の甚藏でお賤が為には胤違《たねちが》いの現在の兄を、女の身として鉄砲で打殺すとは、敵同士の寄合、これも皆因縁だ、此の惣吉殿のいう事を聞けば聞く程脊筋へ白刄《しらは》を当てられるより尚《なお》辛い、アヽ悪い事は出来ないものだと、再び油の様な汗を流して、暫くは草刈鎌を手に持ったなり黙然《もくねん》として居りました。
音「あんた、どうしたアだ、塩梅《あんべえ》でも悪《わり》いか、酷《ひど》く顔色が善《よ》くねえぜ」
新「ヘエ、なアに私はまだ種々《いろ/\》罪があって出家を遂《と》げ度《た》いと思って、此の庵室に参って居りまするが、此のお小僧さんの様に年もいかないで出家をなさるお方を見ると、本当に羨ましくなって成りませんから、私も早く出家になろうと思って、尼さんに頼んでも、まだ罪障《つみ》が有ると見えて出家にさせて呉れませんから、斯《こ》う遣って毎日無縁の墓を掃除すると功徳になると思って居りまするが、今日は陽気の為か苦患《くげん》でございまして、酷く気色が悪いようで」
音「お前さんの鎌は甚《えら》く錆びて居やすね、研《と》げねえのかえ」
新「まだ研ぎようを本当に知りませんが、此間《こないだ》お百姓が来た時聞いて教わったばかりでまだ研がないので」
音「己《おら》ア一つ鎌をもうけたが、是を見な、古い鎌だが鍛《きてえ》が宜《い》いと見えて、研げば研ぐ程よく切れるだ、全体《ぜんてえ》此の鎌はね惣吉どんの村に三藏
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