事は諦めて呉れとはいいましたが、汝は己の真実の妹だとはいい兼て居り、尼が本堂へ往けば、お熊比丘尼の後《あと》に附いて参り、墓場へ往けば墓場へ附いて往く、斎《とき》が有ればお供を致しましょうと出て参り、兎角にお賤の傍《そば》へ寄るを嫌いますから、お賤は腹の中にて、思いがけない怪我をして半面変相になり、斯《こ》んな恐ろしい貌《かお》に成ったから、新吉さんは私を嫌い、大方|母親《おふくろ》が此の庵主に成っているから、私を此処《こゝ》へ置去りにして逃げる心ではないかと、まだ色気がありますから愚痴|許《ばか》りいって苦情が絶えません。新吉の能く働きまする事というものは、朝は暗い内から起きて、墓場の掃除をしたり、門前を掃いたり、畠へ往って花を切って参って供えたり、遠い処まで餅菓子を買いに往って本堂へ供えたり、お斎が有るとお比丘さんの供をして参り、仮名振の心経や観音経を買って来て覚えようとして居りますのを見て、
尼「誠に新吉さんは感心な事では有るが、一時《いちじ》に思い詰めた心はまた解《ほご》れるもの、まア/\気永にしているが宜《よ》い、只悪い事をしたと思えばまだお前なんぞは若いから罪滅しは幾らも出来ましょう」
と優しくいわれるだけ身に応えまする。ちょうど七月二十一日の事でございまする、新吉は表の草を刈って居り、お賤は台所で働いて居りまする処へ這入って参りましたのは、十二三になる可愛らしい白色《いろじろ》なお小僧さんで、名を宗觀と申して観音寺に居りまする、此の小坊主を案内して来ましたは音助《おとすけ》という寺男で、二人|連《づれ》で這入って参り、
音「御免なせえ」
新「おいでなさい、観音寺様でございまするか」
音「上《かみ》の繁右衞門《しげえもん》殿《どん》の宅で二十三回忌の法事があるんで、己《おら》ア旦那様も往くんだが、何《ど》うか尼さんにもというので迎《むけ》えに参《めえ》ったのだ」
新「今尼さんは他《わき》のお斎に招《よ》ばれて往ったから、帰ったらそう云いましょう」
音「能く掃除仕やすねえ、墓の間の草ア取って、跨《まて》えで向うへ出ようとする時にゃアよく向脛《むこうずね》を打《ぶ》ッつけ、飛《とび》っ返《けえ》るように痛《いて》えもんだが、若《わけ》えに能く掃除しなさるのう」
新「お小僧さんはお小さいに能く出家を成さいましたね、お幾歳《いくつ》でございまする」
宗「はい十二に成ります」
九十一
新「十二に、善いお小僧さんだね、十一二位から頭髪《あたま》を剃《す》って出家になるのも仏の結縁《けちえん》が深いので、誠に善い御因縁で、通常《なみ》の人間で居ると悪い事|許《ばか》りするのだが、斯《こ》う遣って小さい内から寺へ這入ってれば、悪い事をしても高が知れてるが、お父様《とっさん》やお母《っか》さんも御承知で出家なすったのですか」
宗「そうじゃアありません、拠《よんどころ》なく坊さんに成りました」
新「拠なく、それじゃアお父《とっ》さんもお母さんも、お前さんの小さい中《うち》に死んで仕舞って、身寄頼りもなく、世話の仕手もないのでお寺へ這入ったという事もありまするが、そうですか」
音「なにそういう訳じゃアなえが、此のまア宗觀様ぐらえ憫然《かわえそう》な人はねえだ」
新「じゃアお父さんやお母さんは無いのでございますか」
宗「はい、親父《おやじ》は七年前に死にました」
といいながらメソ/\泣出しました。
音「泣かねえが宜《え》えと云うに、いつでも父様《とっさま》や母様《かゝさま》の事を聞かれると宗觀|様《さん》は直《すぐ》に泣き出すだ、親孝行な事だが、出家になるのは其処《そこ》を諦める為だから泣くなと和尚様がよくいわっしゃるが、矢張《やっぱ》り直《じき》に泣くだが、併《しか》し泣くも無理はねえだ」
新「へえ、それは何《ど》ういう因縁に成って居りますのです」
音「ねえ宗觀|様《さん》、お前の父様は早く死んだっけ」
宗「七年前の八月死にました」
音「それから此の人の兄様《あにさん》が跡をとって村の名主役を勤めて居ると、其処《そこ》へ嫁子《よめっこ》が這入《へえ》って何《な》んともハヤ云い様のなえ程心も器量も善《い》い嫁子だったそうだが、其所《そこ》に安田八角か、え、一角とか云う剣術|遣《つけえ》が居て其の嫁子に惚れた処が、思う様にならねえもんだから、剣術遣の一角が恋の遺恨でもってからに此の人の兄さんをぶっ斬って逃げたとよ、其奴《そいつ》に同類が一人有って、何《な》んとか云ったのう、ウン富五郎か、其の野郎が共謀《ぐる》になって、殺したのだ、すると此の人の宅《うち》の嫁子が仮令《たとえ》何《な》んでも亭主の敵《かたき》い討《ぶ》たねえでは置かねえって、お武家《さむれえ》さんの娘だけにきかねえ
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