よしなさい、だが私もね、お前と二人で悪い事を仕度《した》くもないが、喰い方に困るものだから一緒にしたが、昨日《きのう》私が斯《こ》んな怪我をして、恐ろしい顔になったもんだから、他《ほか》の女と乗り替える了簡で、旨くごまかして、私を此寺《こゝ》へ押附《おっつ》け、お前はそんな事をいって逃げる心だろう」
 新「決してそういう訳じゃアないが、お前《まえ》どうして女に生れたんだなア」
 賤「何を無理な事をいうの、女に生れたって、気違じみ切って居るよ」
 新「お前に口を利かれても総毛立つよ」
 尼「喧嘩をしてはいけません、私もお賤の為には親だから死水《しにみず》を取って貰い度《た》いが親子でありながらそうも云われず、又お賤も私の死水を取る気はありますまい」
 新「まだ此のお賤は色気がある、此畜生奴《こんちきしょうめ》、本当にお前や己は、尻尾《しっぽ》が生えて四つん這になって椀《わん》の中へ面ア突込《つっこ》んで、肴《さかな》の骨でもかじる様な因果に二人とも生れたのだから、お賤|手前《てめえ》も本当にお経でも覚えて、観音さまへ其の身の罪を詫る為に尼に成り、衣を着て、一文ずつ貰って歩く気になんな、今更外に仕方がないからよ」
 賤「なんだね厭だよ、そんな事が出来るものか」
 新「そう側へ寄って呉れるなよ、どうか私の頭髪《あたま》を剃《す》って下さい」
 尼「まア/\三四日|此寺《こゝ》に泊っておいでなさい、又心の変るものだから、互に喧嘩をしないで、私はお経をあげに往ってくるから、少し待っておいでなさい」
 新「私も一緒に参りましょう」
 賤「おい新吉さんお前本当にどうしたんだえ、私は何《ど》うしてもお前の傍《そば》は離れないよ」
 新吉はもう誠に仏心《ぶっしん》と成りまして、
 新「お前はまだ色気の有る人間だ、己は真《しん》に改心する気に成った」
 賤「本当にお前どうしたんだよ」
 と云いながら取り縋《すが》るのを、新吉は突放《つきはな》し、
 新「此ん畜生奴、己の側へ来ると蹴飛すぞ」
 といわれお賤は腹の中にて、私の顔貌《かおかたち》が斯《こ》んなに成ったものだから捨てゝ逃げるのだと思うから油断を致しませんで、此寺《こゝ》に四五日居りまする中《うち》に、因果のむくいは恐ろしいもので、惣右衞門の忰惣吉が此の庵室を尋ねて参るという処から、新吉はもう耐《こら》え兼ねて、草苅鎌を以て自殺致しますという、新吉改心の端緒《いとぐち》でございます。

        九十

 偖《さ》て申し続きました深見新吉は、お賤を連れて足かけ五年間の旅中《たびちゅう》の悪行《あくぎょう》でございまする、不図《ふと》下総の塚前村と申しまする処の、観音堂の庵室に足を留《とめ》る事に成りました。是は藤心村の観音寺という真言寺《しんごんでら》持《もち》でございまして、一切の事は観音寺で引受けて致しまする。村の取附《とりつき》にある観音堂で、霊験《れいげん》顕著《あらたか》というので信心を致しまする者があって種々《いろ/\》の物を納めまするが、堂守《どうもり》を置くと種々の悪い事をしていなくなり、村方のものも困って居る処で、通り掛った尼は身性《みじょう》も善いという処から、これを堂守に頼んで置きました。是へ新吉お賤が泊りましたので、比丘尼《びくに》は前名《ぜんみょう》を熊と申す女に似気《にげ》ない放蕩無頼を致しました悪婆《あくば》でございまするが、今はもう改心致しまして、頭髪《あたま》を剃《そ》り落し、鼠の着物に腰衣を着け、観音様のお堂守をして居る程の善心に成りまして、新吉お賤に向って、昔の懴悔話をして聴かせると、新吉が身の毛のよだつ程驚きましたは、門番の勘藏の遺言に、お前は小日向服部坂上の深見新左衞門という御旗下の次男だが、生れると間もなくお家改易になったから、私が抱いて下谷大門町へ立退《たちの》いて育てたのだが、お家改易の時お熊という妾があって、其の腹へ出来たは女という事を物語ったが、そんなら七ヶ年|以来《このかた》夫婦の如く暮して来たお賤は、我が為には異腹《はらちがい》の妹《いもと》であったかと、総身《そうしん》から冷《つめた》い汗を流して、新吉が、あゝ悪い事をしたと真《しん》以《もっ》て改心致しました。人は三十歳位に成りませんければ、身の立たないものでございまする。お賤は二十八、新吉は三十になり、悪い事は悉《こと/″\》く仕尽した奴だけあって、善にも早く立帰りまして、出家を遂《と》げ、尼さまの弟子と思って下さい、夫婦の縁は是限りと思って呉れお賤|汝《てめえ》も能く考えて見ろ、今までの悪業《あくごう》の罪障消滅《つみほろぼ》しの為に頭を剃りこぼって、何《ど》の様な辛苦修行でもし、カン/\坊主に成って今迄の罪を滅《ほろぼ》さなくっちゃア往《い》く処へも往かれねえから、己の
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