も長くなりましたが、墓場に香花を沢山あげて、
 花車「あゝお隅様情ない事になった、敵《かたき》を打つなれば私《わし》に一言《ひとこと》話をして呉れゝばお前|様《さん》にこんな難儀もさせまいに、今いうは愚痴だが、だが能くお前が死んで呉れた許《ばか》りで敵は安田一角という事が分りましたから、惣吉様に助太刀して屹度《きっと》花車がお前|様《さん》の恨《うらみ》を晴します、アヽ入違いになり上総の東金へ行《ゆ》きなすったか、嘸《さぞ》情ない事だと思いなすったろうが、私はこれから跡追掛てお目に掛り、何処《どこ》に隠れ住《すま》うとも草を分けても引摺り出して屹度敵を討たせますから」
 と活《いき》ている者に物をいう様に分らぬ事を繰返し大きに遅れたと帰ろうとすると、ばら/\降出して来て、他《ほか》に行《ゆ》く処もないから水街道の麹屋へ行《ゆ》こうとすると、和尚様は
「少し破れてはいるがこれをさして、穿きにくかろうがこの下駄を」
 というので下駄と傘を借りて、これから近道を杉山の間の処からなだれを通って、田を廻ってこう東の方へ付いて行《ゆ》くと、大きな庚申塚が建てゝ在《あ》って、うしろには赤松がこう四五本ありまして、前には沼があり其の辺《ほとり》に枯れ蘆《あし》が生えております、ずうッと見渡すばかりの田畑、淋しい処へばら/\降っかけて来る中をのそり/\やって来ると、突然《だしぬけ》に茂みからばら/\と出た武士《さむらい》が、皆面部を包み、端折《はしおり》を高くして小長《こなが》い大小を落し差しにしてつか/\と来て物をもいわず花車の片方《かた/\》の手を一人が押える、一人は前から胸倉を押えた、一人は背後《うしろ》から羽交責《はがいぜめ》に組付こうとしたが、関取は下駄を穿いており、大きな形《なり》で下駄穿《げたばき》だから羽交責|処《どころ》ではない、漸《ようや》く腰の処へ小さい武士《ぶし》が組付きました。

        八十

 花車は恟《びっく》りしたが、左の手に傘を持って居り、右の手は明いて居りましたが、おさえ付けられ困りました。
 花車「なんだい、何をなさる」
 武士「我々は浪人者で食方《くいかた》に困る、天下の力士と見かけてお頼み申すが、路銀を拝借したい」
 花「路銀だって、あんた、私《わし》はお前さん角力取で金も何もありはしないが、困りますよ、そんなことして金持と見たは眼違いで、金も何もない、角力取だよ」
 武「金がなければ気の毒だが帯《さ》して居る胴金《どうがね》から煙草入から身ぐるみ脱いで行って貰い度《た》い」
 花「そんなこといって困りますよ、身幅《みはゞ》の広いこんな着物を持って行ったって役に立ちはしません、煙草入だって、こんな大きな物持って行ったって提げられやあせん、売ったって銭にもならぬに困りますよ、然《そ》う胴突《どうづ》いては困るよ/\」
 といいながら段々花車は後《あと》へ下《さが》ると、後《うしろ》の見上げる様な庚申塚の処へこう寄り掛りました。前の奴は二人で、一人は右の腕を押《おさ》え、一人は胸倉を取って押える、後《うしろ》の奴はせつない、庚申塚と関取の間にはさまれ、
「もっと前に」
 といっても同類の名をいうことが出来ない。此の三人は安田一角の廻し者、花車を素っぱだかにしてなぶり殺しに致すようにすれば、是《こ》れだけの手当を遣るということに疾《と》うより頼まれて居る処、出会って丁度幸い、いゝ正月をしようという強慾非道の武士三人、漸《やっ》と捕《とら》まいたが、花車は怜悧《りこう》ものだから、此奴《こやつ》らは悪くしたら廻し者だろうと思い、
 花「まアそんなに押えられては困りますね、待ちなさい上げますよ、達《た》ってと云えば上げますよ/\」
 武「呉れぬといえば許さぬ、浪人の身の上|切取《きりとり》強盗は武士の習い、云い出しては後《あと》へ引かぬからお気の毒ながら切り刻んでもお前の物は残らず剥《は》ぐぜ、遁《のが》れぬ事と諦めて出しな、裸体《はだか》はお前の商売だ、裸体で行《ゆ》くのは何《なん》でもないわ」
 花「だから上げるけれども、待ちなさいよ」
 と左の手に持って居た傘をぽんと投出し前から胸倉を取って押えて居る一人の帯を押えて、
 花「お前さん、そう胸倉を押していては私《わし》は着物を脱ぐことが出来ぬから、胸倉を緩《ゆる》めて、裸体《はだか》になりますよ、私も災難じゃア、寒くはないから、私に裸体になれてえばなりますから、胸倉を押えていては脱げませんから緩めて」
 前の奴のうっかり緩める処を見て、
 花「なにをなさる」
 といいながら一人の奴の帯を取ってぽんと投げると、庚申塚を飛越して、後《うしろ》の沼の中へ、ぽかんと薄氷《うすごおり》の張った泥の中へ這入った。すると右の手を押えた奴は驚きバラ/\逃げ出した。
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