花「悪い奴じゃ、こんな村境《むらざかい》の処へ出やアがって追剥《おいはぎ》をしやアがって悪い奴じゃ、今度《こんだ》此辺《こゝら》アうろ/\しやアがると打殺《ぶちころ》すぞ、いや後《うしろ》に誰《た》れか居やアがるな、此奴《こいつ》組付《くみつい》て居やアがったか」
武「誠にどうも恐入った」
花「誠にも糞もいらん、これ汝《てまえ》の様な奴が出ると村の者が難儀するから此の後《のち》為《し》ないか」
武「為《す》る処《どころ》ではござらぬ、誠にどうも」
花「悪いことするな、是からは為ないかどうだ此の野郎」
と押付けると、
武「うーん」
と息が止った。
花「野郎死にやアがったか、くたばったか、野郎|死《しん》だか、アヽ死にやアがった、馬鹿な奴だ」
と捻《ひね》り倒すと、尾籠《びろう》のお話だが鼻血が出ました。
花「みっともねえ面《つら》だなア、此奴《こいつ》も投込んで遣れ」
と襟髪《えりがみ》を取って沼へ投《ほう》り込み、傘を持ってのそり/\水街道の麹屋へ帰るという、角力取という者はおおまか[#「おおまか」に傍点]なもので。扨《さて》お話は二つに分れて此方《こちら》は惣吉の手を引き、漸々《よう/\》のことで宿屋へ着きましたなれども、心配を致しました揚句《あげく》で、母親がきり/\癪《しゃく》が起りまして、寸白《すばく》の様で、宿屋を頼んでも近辺に良い医者もございませんから、思う様に癒《なお》りません、マア癒るまではというので、逗留《とうりゅう》致して居りました。其の内に追々と病気も癒る様子なれども、時々きや/\痛み、固い物は食われませんから、お粥《かゆ》を拵《こしら》えてこれを食い、其のうち年も果て正月となり、丁度元日で、元日に寝ていては年の始め縁起が悪いと、田舎の人は縁起を祝ったもので、身体が悪いくせに我慢して惣吉の手を引いて出立致し、小金ヶ原《こがねがはら》へ掛り、塚前村の知己《しるべ》の処へ寄って病気の間厄介になろうと、小金の原から三里|許《ばか》り参ると、大きな観音堂がございますが、霙《みぞれ》がぱら/\降出して来て、子供に婆様《ばあさま》で道は捗取《はかど》りません、とっぷり日は暮れる、すると頻《しきり》に痛くなりました。
惣吉「母様《かゝさま》また痛いかえ」
母「アヽ痛い、あゝあのお医者様から貰ったお薬は小さえ手包の中へ入れて置いたが、彼処《あすけ》え上げて置いたが、あれ汝《われ》持って来たか」
惣「あれ己《おれ》置いて来た」
母「困るなア、子供だア、母様|塩梅《あんべえ》悪《わり》いだから、薬|大事《でいじ》だからてえ考《かんげ》えもなえで」
惣「だって、己もう宜《い》いてえから、よかんべえと思って何も持って来《き》なかった」
母「困ったなア、あゝ痛い/\」
惣「母様雪降って来た様だから、此処《こゝ》に居ると冷てえから、此の観音様の御堂に這入って些《ちっ》と己おっぺそう」
母「そうだなア、押してくれ」
惣「あい」
母「おゝ、大《でけ》え観音様のお堂だ、南無大慈大悲の観世音菩薩様少々|此処《こゝ》を拝借しまして、此処で少し養生致します。さア惣吉力一ぺえ押せよ」
惣「母様此処な処かえ」
母「もっとこっち」
惣「もっと塩梅《あんべえ》が悪くなると困るよう、しっかりしてよう、多助|爺《じい》やアを連れて来ると宜《よ》かった」
と可愛らしい紅葉《もみじ》の様な手を出して母の看病をして、此処を押せと云われて押しても力が足りません。
母「あゝ痛い/\、そう撫《なで》ても駄目だから拳骨で力一ぺえおっぺせよ、拳骨でよ、あゝ痛い/\」
八十一
女「何《なん》だか大層|呻《うな》る声が聞えるが……貴方かえ」
母「へえ、旅の者《もん》でござえますが、道中で塩梅《あんべえ》が悪くなりましてね、快くなえうち歩いて来ましたから、原|中《なけ》え掛って寸白が起って痛《いと》うごぜえますから、観音様のお堂をお借り申しました」
女「それはお困りだろう、お待ち、どれ/\此方《こっち》へ這入りなさい」
と観音堂の木連格子《きつれごうし》を明けると、畳が四畳敷いてございます。其の奥は板の間になって居ります、年の頃五十八九にもなりましょう、色白のでっぷりした尼様、鼠木綿の無地の衣を着て、
尼「さア此方《こちら》へお這入りさア/\擦《さす》って上げましょう憫然《かわいそう》に、此の子が小さい手で押しても、擦っても利きはしない、おゝ酷《ひど》く差込んで来る様だ」
母「有難うごぜえます、痛くって堪《たま》らねえでね、宿屋へ一寸泊りましたが癒らねえで」
尼「こう苦《くるし》むに子供を連れて何処《どこ》まで……なに塚前まで、是から三里ばかりで近くはない、薬はお持ちかえ」
母「はい、薬
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