りました貴方が、御離縁になって、此方《こちら》へ入らっしゃった事を聞いて尋ねて参りました、どうも妙でげすねえ、御様子がずうッと違いましたね」
隅「お前さんも知ってる通りべん/\とあゝやっていたっても、先の見当《みあて》がないし、そんならばといって生涯楽に暮せるといった処が、あんな百姓|家《や》で何《なん》にも見る処も聞く事もなし、只一生楽に暮すというばかりじゃア仕様がないから、江戸へ行こうと思って、江戸には親類が有って大小を帯《さ》す身の上だから、些《ちっ》とも早く頼んで身を固め度《た》いと思って離縁を頼むと、不人情者だって腹を立って、狐阿魔だの狸阿魔だのというから、忌々《いま/\》しいから強情に無理無体に縁切状を取って出て来ましたの、江戸へ行くにも、小遣がないもんだから、こんな真似をして身装《みなり》も拵《こしら》えたり、金の少しも持って行き度いと思って、遂《つい》に斯《こ》んな処へ落ちたから笑っておくんなさい」
富「笑う処か誠にどうも、なに必ず私は買いに来たという訳ではありませんから、決して御立腹下さるな、そんな失敬の次第ではないが、何《ど》ういう訳で羽生村をお出《で》遊ばしたかと存じて御様子を伺おうと思って参った処が、数献《すうこん》傾けて大酩酊《おおめいてい》」
隅「まア是から二人で楽々と一杯飲もうじゃアないか、早く来て久振りで、昔話をしたいと思っても、長ッ尻のお客で滅多に帰らぬからいろ/\心配して、やっとお客を外して来たの、まア嬉しいこと、大層お前若くなったことね」
富「恐入ります、あなたの御様子が変ったには驚きましたねえどうも、前とはすっかり違いましたねえ」
隅「さお酌致しましょう」
富「これはどうも、まア一寸一杯、左様ですか」
隅「私は大きな物でなくっちゃア酔わないから、大きな物でほっと酔って胸を晴したいの、いやな客の機嫌|気褄《きづま》を取って、いやな気分だからねえ、富さん今夜は世話をやかせますよ」
富「大きな物で、え湯呑で上りますか、御酒は些《ちっ》とも飲《あが》らなかったんですが、血に交われば赤くなるとか、妙でげすなア、お酌を致しましょう、これは妙だ、どうも大きな物でぐうと上れるのは妙でげすな、是は恐入りましたな」
隅「私は酔って富さんに我儘な事をいうけれども、富さんや聞いておくれな」
富「うゝんお隅さん必ず御疑念はお晴しなすって、惣次郎さんを私が手引して殺させたというので花車の関取が私の背中をどやして、飯を吐《はか》せるというから、私は驚いて、あの腕前では迚《とて》も叶《かな》わぬから一生懸命逃げたんだが、あのくらい苦しいことはありませぬ、それ故御無沙汰になって、あなたが枕附で客をお取りになるという事を聞いて、今日口を掛けたのは相済みませぬが、実はどういう訳かと存じて只御様子を伺いたいというので参っただけで」
隅「まアそんな事は好《い》いじゃアないか、今夜私は酔うよ」
富「お相手をいたしましょう」
隅「お相手も何もいるものか」
と大きな湯呑に一杯受けて息も吐《つ》かずにぐっと飲んで、
隅「さア富さん」
富「私はもう数献《すこん》…えお酌でげすか、置注《おきつ》ぎには驚きましたね…それだけは…妙なものでげすな、貴方はお酒はもとから上りましたか」
隅「なに旦那の側にいる時分には謹んで飲まなかったんだが、此家《こゝ》へ来てから戴く様になりました」
富「へえ有難う、もう……お隅さんどうか御疑念をね…これだけはどうか…私は詰らん災難で、私が何《なん》ぼ何《なん》でも、一角は知らない奴、逢った事もない奴に何《なん》で此《かく》の如く、な、御疑念が掛るか、私も元は大小を帯《たい》した者、此の儘には捨置けぬと、余程《よっぽど》争いましたが、関取が無暗《むやみ》に打《ぶ》つというから、あの力で打たれては堪らぬから逃げると云う訳で、実に手前詰らぬ災難でげして……」
隅「好《い》いじゃ無いか、私に何も心配はありゃアしないやね、羽生に居る時分には、悔しい、敵打《かたきうち》をするというから私も連れて然《そ》ういったけれども、もう彼処《あすこ》を出てしまやア、何《なん》にも義理はないから私に心配はいらないが、只聞きたいのは富さん忘れもしない羽生にいる時、お前が酔って帰ったことがあったろう、其の時お前が旦那のいない所で私の手を掴まえて、江戸へ連れて行って女房にして遣ろう、うんといえば私が身の立つようにするが、江戸へ一緒に行って呉れぬかと云っておくれの事があったねえ、あれは本当の心から出て云ったのか、私が名主の女房になってたから、お世辞に云ったのか聞きたいねえ」
七十二
富「これは恐れ入りました、こりゃア何《ど》うも御返答に差支《さしつか》える……こりゃア恐入ったね、富五郎困
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