出でなさえ…此奴《こいつ》ア…又打てねえ…さっ/\と行けい」
 隅「行かなくってどうするものか」
 とお隅は土間へ下《お》り、庭へ出まして門《かど》の榎《えのき》の下に立つと、ピューピューという筑波|颪《おろし》が身に染みます。
 隅「あゝもう覚悟をして思い切って愛想づかしを云わなけりゃア為にならんと思って彼迄《あれまで》にいって見たけれども、何も知らない惣吉が、私の片袖に縋って、どうぞ姉《あね》さん私があやまるから居ておくれ、坊が困るといわれた時には、実はこれ/\と打ち明けて云おうかと思ったが、※[#「救/心」、294−13]《なま》じい云えばお母《っか》さんや惣吉の為にならんと思って思い切って、心にもない悪体《あくたい》を云って出て来たが、是まで真実に親子の様に私に目を掛けておくんなすった姑《しゅうと》に対して実に済まない、お母さん、其のかわり屹度《きっと》、旦那様の仇《あだ》を今年の中《うち》に捜し出して、本望《ほんもう》を遂《と》げた上でお詫びいたします、あゝ勿体ない、口が曲ります、御免なすってください」
 と手を合せ、耐《こら》え兼てお隅がわっと声の出るまでに泣いております。
 多「まだ立ってやアがる、彼処《あすこ》に立って悪体口をきいていやアがる、早く行け」
 隅「大きな声をするない、手前の様な土百姓《どびゃくしょう》に用はないのだ、漸《や》っとサバ/\した」
 と故意《わざ》と口穢《くちぎたな》いことを云って、是から麹屋へ来て亭主に此の話をすると、
 亭「能く思い切って云った、よし、己がどこ迄も心得たから、心配するな、先《ま》ず手拭でも染めて、すぐ披露《ひろめ》をするが好《よ》い、これ/\これ/\拵《こしら》えて」
 というので、手拭|等《とう》を染めて、残らず雲助や馬方に配りました。
 亭「今までとは違ってお隅は拠《よんどころ》ない訳が有って客を取らなくっちゃアならん、皆《みんな》と同じに、枕付で出るから方々へ触れてくれ」
 というと、此の評判がぱっとして、今までは堅い奉公人で、殊《こと》に名主の女房にもなった者が枕付で出る、金さえ出せば自由になるというので大層客がありまして、近在の名主や大尽《だいじん》が、せっせとお隅の処へ遊びに来ますけれども、中々お隅は枕を交《かわ》しません。お隅の評判が大変になりますると、常陸にいる富五郎が、此の事を聞きまして、
 富「しめた、金で自由になる枕附きで出れば、望みは十分だ」
 と天命とはいいながら、富五郎が浮々《うか/\》とお隅の処へ遊びに参るという、これから仇打《あだうち》になりまするが、一寸一息。

        七十一

 お隅は霜月の八日から披露《ひろめ》を致しまして、客を取る様になりました。なれどもお隅は貞心《ていしん》な者でございますから、能《い》いように切り脱《ぬ》けては客と一つ寝をする様なことは致しません、素《もと》より器量は好《よ》し、様子は好し、其の上世辞がありまするので、大して客がござります。丁度十二月十六日ちら/\雪の降る日に山倉富五郎が遣《や》って参りましたが、客が多いので何時《いつ》まで待ってもお隅が来ません、其の内に追々と夜《よ》が更けて来ますが、お隅は外の客で来ることが出来ませぬから、代りの女が時々来ては酌をして参り、其の間には手酌で飲みましたから、余程酒の廻っている処へ、隔《へだて》の襖《ふすま》を明けて這入った人の扮装《なり》はじゃがらっぽい[#「じゃがらっぽい」に傍点]縞《しま》の小袖にて、まア其の頃は御召縮緬《おめしちりめん》が相場で、頭髪《あたま》は達磨返しに、一寸した玉の附いた簪《かんざし》を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》し散斑《ばらふ》の斑《ふ》のきれた櫛《くし》を横の方へよけて※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]しており、襟には濃《こっ》くり白粉《おしろい》を附け、顔は薄化粧の処へ、酒の相手でほんのりと桜色になっております、帯がじだらく[#「じだらく」に傍点]になりましたから白縮緬の湯巻がちら/\見えるという、前《ぜん》とはすっぱり違った拵《こしら》えで、
 隅「富さん」
 富「イヤこれはどうも、どうも是は」
 隅「私ゃアね富さんじゃないかと思って、内々《ない/\》見世で斯《こ》う/\いう人じゃアないかというと然《そ》うだというから、早く来度《きた》いと思うけれども、長ッ尻《ちり》のお客でねえ、今やっと脱《ぬ》けて来たの、本当に能く来たね」
 富「これはどうも、甚《はなは》だ何《ど》うも御無沙汰を、実は其の不慮の災難で御疑念を蒙むりました、それ故お宅へ参ることも出来ない、こんな詰らぬ事はないと存じて、存じながら御無沙汰を、只今まで重々御恩にな
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