ますけれども致方《いたしかた》がない。翌月《よくげつ》の十月の声を聞くと、花車は江戸へ参らなければならぬから、花車重吉が暇乞《いとまごい》に来て、
花「私《わし》はこれ/\で江戸へ参りますが、何事があっても手紙さえ下されば直に出て来て力に成って上げますから、心丈夫に思ってお出でなさい」
と二人にいい聞かして、花車重吉は江戸へ帰りました。跡方は惣吉という取って十歳の子供とお隅に母親と、多助という旧来此の家にいる番頭|様《よう》の者ばかりで、何《なん》と無く心細い。十一月の三日の事で、空は雪催しで、曇りまして、筑波|下《おろ》しの大風が吹き立てゝ、身を裂《さか》れるほど寒うございます。
母「あゝ寒いてえ、年イ取ると風が身に泌《し》みるだ、そこを閉《た》ってくんろよ、何《な》んだか今年に成って一時《いちじ》に年イ取った様な心持がするだ、酷《ひど》く寒いのう、多助やぴったり其処《そこ》を閉ってくんろよ」
多「なにあんた、そんなに年イ取った/\といわなえがいゝ、若《わけ》え者《もん》でも寒いだ、何《なん》だかハア雪イ降るばいと思う様に空ア雲って参《めえ》りました」
母「其処《そこ》を閉って呉んろよ、お隅は何処《どこ》へか行ったか」
隅「はい」
と部屋から着物を着換え、乱れた髪を撫付けて小包を持って参りましたから、
母「このまア寒いのに何処へか行《ゆ》くかイ」
隅「はい、改めてお願いがござります」
六十九
隅「不思議な御縁で、水街道から此方《こちら》へ縁付いて参りました処が、旦那様もあゝいう訳でおかくれになりました、旦那がおいでならお側で御用を達《た》して、仮令《たとえ》表向の披露《ひろめ》はなくとも、私も今迄は女房の心持で働いておりましたけれども、斯様《こう》なって旦那のない後《のち》は余計者で、却《かえ》って御厄介になる許《ばか》りでございますし、江戸には大小を帯《さ》す者も親類でもございますから、何卒《どうか》江戸へ参り度《た》いと思いまして、私もべん/\と斯《こ》うやっても居《お》られません今の内なら、何《ど》うか親類が里になって縁付《かたづ》く口も出来ましょうと思いまして、私は江戸へ帰りますから、どうか親子の縁を切って、旦那はいなくっても貴方の手で離縁に成ったという証拠を戴きませぬと、親類へも話が出来ませぬから、御面倒でも一寸お書きなすって、誠に永々《なが/\》お世話さまになりまして」
母「それアはア困りますな、今お前《めえ》に行かれてしまうと心細《こゝろぼせ》えばかりでなく、跡が仕様が無《ね》えだ、惣吉は年イ行かなえで、惣次郎のなえ後《のち》はお前《めえ》が何も彼《か》もしてくれたから任して置いて、己《おら》アまア家内《うち》の勝手も知んなくなったくれえだね、何《ど》うかまアそんなことを云わずに、どうかお前《めえ》がいてくれねえば困りますから」
隅「有難う存じますけれども、どうも居《い》られませぬ、居たって仕方がありませんもの、ほんの余計者になりましたから、どうか御面倒でも…今日直ぐと帰ります、水街道の麹屋に話をして帰りますから」
母「そりゃアハア間違った訳じゃアねえか、お前《めえ》は今迄まア外《ほか》の女と違って信実な者《もん》で、己《おら》ア家《うち》へ縁付《かたづ》いても惣次郎を大切《でえじ》にして、姑《しゅうと》へは孝行尽し、小前《こめえ》の者《もん》にも思われる位《くれ》えで、流石《さすが》お武家《さむれえ》さんの娘だけ違ったもんだ、婆様《ばアさま》ア家《うち》は好《い》い嫁え貰ったって村の者《もん》が誰も褒めねえ者《もん》はなえ、惣次郎が無《な》え後《のち》も僅《わず》かハア夫婦になった許《ばか》りでも、亭主と思えば敵《かたき》イ打《ぶ》たねえばなんなえて、流石|侍《さむれえ》の娘は違った者《もん》だと村の者《もん》も魂消《たまげ》て、なんとまア感心な心掛けだって涙ア溢《こぼ》して噂アするだ、今に富五郎や安田一角の行方は関取が探してどんな事をしても草ア分けて探し出して、敵《かたき》イ打《ぶ》たせるって是迄丹精したものを、お前《めえ》がフッと行ってしめえば、跡は老人《としより》と子供で仕様がなえだ、ねえ困るから何《ど》うか居てくんなよ」
隅「嫌《いや》ですねえ、江戸で生れた者がこんな処に這入って、実に夫婦の情でいましたけれども、斯《こ》うなって見ると寂しくっていられませぬもの、田舎といっても宿場と違って本当に寂しくって居《い》られませんからねえ、何卒《どうか》直《すぐ》に遣って下さいな、此処《こゝ》に居たって仕方が有りません、江戸へ行《ゆ》けば親類は武士でございますから、相当な処へ縁付《えんづ》けて貰います、私も未《ま》だそう取る年でもございませぬから、何時《いつ》まで
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