感心じゃアねえか、たった一人に三人掛りやアがって、大概《てえげえ》に彼奴《あいつ》勘弁しやアがるが宜《い》い、何《なん》だしと[#「しと」に傍点]詫言《わびごと》したら恥じゃアあるめえし畜生《ちきしょう》、関取|確《しっ》かりやって、己《おら》アお前《めえ》の角力を見に来たので、お前が喧嘩に負けると江戸へ帰《けえ》れねえ、冗談じゃアねえ剣術遣を踏殺《ふみころ》せ」
 安「何《なん》だ」
 見物「危険《けんのん》だ、確かりやって呉れ」
 花「逃げも隠れもしねえ、長崎へ逃げようと仙台へ逃げようと花車重吉駈落は出来ぬから卑怯な事はしねえが、茲《こゝ》でお前《めえ》さんに切られて死ねばもう湯も茶も飲めません、喧嘩は緩《ゆっ》くら出来ますから一服やる間暫らく待って」
 安「なに、これ喧嘩する端《はな》に一服やるなどと、何《なん》だ愚弄《ぐろう》するな」
 花「心配《しんぺえ》ありません末期《まつご》の煙草だ、死んだら呑めませんワ、一服やりましょう、誰《たれ》か火を貸しておくんなせえ」
 見物の中から煙草の火をあてがう奴がある。パクリ/\脂下《やにさが》りに呑んで居る。
 花「まア緩くり行《や》りましょう、エ先生《しぇんしぇい》逃げ隠れはせぬぜ」
 とパクリ/\と吸《や》って居る。見物は、
 見物「気が長《なげ》えじゃアねえか、喧嘩の中で煙草を呑んで沈着《おちつ》いて居る豪《えれ》えじゃアねえか」
 見物「豪えばかりでねえ、己《おれ》が考えじゃア関取は怜悧《りこう》だから、対手《あいて》は剣術者遣《けんじゅつつかい》で危ねえから怪我アしても詰らねえ、関取が手間取っているうち、法恩寺村場所へ人を遣ったろうと思う、若《も》し然《そ》うだと二拾人も角力取が押《おし》て来れば踏潰《ふみつぶ》して了《しま》う、然うだろうよ」
 花「サア先生《しぇんしぇい》喧嘩致しますが、私《わし》も一本|帯《さ》しているから剣術は知らぬながらも切合《きりあい》を致すが、私が鞘《さや》を払ってからお前様方《めえさんがた》斬ってお出《い》でなせえ」
 安「尤《もっと》も左様だ、卑怯はしない、サア出ろ」
 花「ヘエ出ます、まア私《わし》も此の近辺で生立《おいた》った者じゃアが、此の大生郷の天神様の鳥居といったら大きな者じゃア」
 と見上げ
 花「これまア私《わし》が抱えても一抱えある鳥居、此の鳥居も今日が見納めじゃア」
 と鳥居を抱えて、
 花「大きな鳥居じゃアないか」
 と金剛力を出して一振《ひとふり》すると恐ろしい力、鳥居は笠木《かさぎ》と一文字《いちもんじ》が諸《もろ》にドンと落ちた。剣術遣が一刀を振上げて居る頭の処へ真一文字に倒れ落ちたから、驚きましたの驚きませんのと、胆《きも》を挫《ひし》がれてパッと後《あと》へ退《さが》る。見物はわい/\いう。其の勢いに驚き何《ど》のくらいの力かと安田は迚《とて》も敵《かな》わぬと思って抜刀《ぬきみ》を持ってばら/\逃《にげ》ると、弥次馬に、農業を仕掛けて居た百姓衆が各々《おの/\》鋤《すき》鍬《くわ》を持って、
 百姓「撲殺《ぶちころ》してしまえ」
 とわい/\騒ぐから、三人の剣客者は雲|霞《かすみ》と林を潜《くぐ》って逃げました。

        五十九

 花車「ハ、逃げやアがった弱《よわ》え奴だ、サア案じはねえ、私《わし》が送って行《ゆ》きましょう」
 と脱いだ衣服を着て煙草入を提げ、惣次郎を送って自分は法恩寺村の場所へ帰った。角力は五日間首尾能く打って帰る時に、
 花「鳥居の笠木を落《おと》したから、旦那様鳥居を上げて下さらんでは困る」
 と云うので惣次郎が金を出して鳥居を以前の通りにしました、其の鳥居は只今では木なれども花車の納めました石の鳥居は天神山に今にあります。場所をしまって花車は江戸へ帰らんければならんから、帰ってしまった後《あと》は惣次郎は怖くって他《た》へは出られません、安田一角は喧嘩の遺恨《いこん》、衆人の中で恥を掻いたから惣次郎は助けて置かぬ、などと嚇《おど》しに人に逢うと喋るから怖くって惣次郎は頓《とん》と外出《そとで》を致しません、力に思う花車がいないから村の者も心配しております。余り家《うち》に許《ばか》り蟄《ちっ》しておりますから、母も心配して、惣次郎が深く言交《いいかわ》した女故間違も出来、其の女の身の上はどうかと聞くに、元|武士《さむらい》の娘で親父《おやじ》もろ共浪人して水街道へ来て、親の石塔料の為奉公していると聞き、其の頃は武士を尊《たっと》ぶから母は感心して、然《そ》ういう者なれば金を出して、当人が気に適《い》ったならどうせ嫁を貰わんではならんから貰い度《た》いと、水街道の麹屋へ話してお隅を金で身受《みうけ》して家《うち》へ連れて来てまず様子を見るとしとやかで、器量といい、誠に
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