れなんて云うと、冬などは障子を張替えたり、水を汲んだり、外を掃除したり、誠に一寸人柄は好《よ》しねえ、若い芸者衆は大騒ぎやったので、新吉さん遠慮しないで、窮屈になると却《かえ》って旦那は困るから、ねえ旦那、初めてゞすからお土産などと云ったんだけれども止《と》めましたが、初めてですからお金を一寸少しばかり遣《や》って下さいな」
 惣「お金を、幾ら」
 賤「幾らだって少しばかりは見っともないし、貴方は名主だからヘエ/\あやまってるし、初めてですから三両もお遣んなさいよ」
 惣「三両、余《あんま》り多いや一両で宜《よ》かろう」
 賤「お遣りなさいよ、向《むこう》は目下だから、それに、旦那あの博多の帯はお前さんに似合いませんから彼《あ》の帯もお遣りなさいよう」
 惣「帯を、種々《いろ/\》な物を取られるなア」
 と是が始《はじま》りで新吉は近しく来ます。

        三十九

 お賤は調子が宜し、酒が出ると一寸小声で一中節《いっちゅうぶし》でもやるから、新吉は面白いから猶《なお》近しく来る。其の中《うち》に悪縁とは申しながら、新吉とお賤と深い中に成りましたのは、誰《た》れ有って知る者はございませんけれども、自然と様子がおかしいので村の者も勘付いて来ました。新吉は家《うち》へ帰ると女房が、火傷の痕《あと》で片鬢《かたびん》兀《はげ》ちょろになって居り、真黒な痣《あざ》の中からピカリと眼が光るお化《ばけ》の様な顔に、赤ん坊は獄門の首に似て居るから、新吉は家へ帰り度《た》い事はない。又それに打って代って、お賤の処へ来ると弁天様か乙姫の様な別嬪《べっぴん》がチヤホヤ云うから、新吉はこそ/\抜けては旦那の来ない晩には近くしけ込んで、作藏に少し銭を遣れば自由に媾曳《あいびき》が出来まするが、偖《さて》悪い事は出来ぬもので、兄貴は心配しても、新吉に意見を云う事は出来ませんから、お累に内々《ない/\》意見を云わせます、意見を云わないと為にならぬ向《むこう》が名主様だから知れてはならぬという、それを思うから、女房お累が少し意見がましい事をいうと、新吉は腹を立てゝ打ち打擲《ちょうちゃく》致しまするので、今迄と違って実に荒々しい事を致しては家を出て行《ゆ》きまするような事なれども、人が善《よ》いから、お累は心配する所から段々病気に成りまして、遂には頭《かしら》が破《わ》られる様に痛いとか、胸が裂ける様だとか、癪《しゃく》という事を覚えて、只おろ/\泣いてばかりおります。兄貴は改って枕元へ来て、
 三「段々村方の者の耳に這入り、今日は老母《としより》の耳にも這入って、捨てゝは置かれず、私《わし》が附いて居て名主様に済まない、殊《こと》に家《うち》の物を洗いざらい持出して質に置き、水街道の方で遊んで、家《うち》へ帰らずに、夜になればお賤の処へしけ込んでおり、お前が塩梅が悪くっても、子供が虫が発《おこ》っても薬一服呑ませる了簡《りょうけん》もない不人情な新吉、金を遣《や》れば手が切れるから手を切ってしまえ」
 と兄が申しまする。所がお累は
「何《ど》うも相済みませんが、仮令《たとえ》親や兄弟に見捨てられても夫に附くが女の道、殊には子供も有りますから、お母様《っかさん》やお兄様《あにいさま》には不孝で有りますが、私は何うも新吉さんの事は思い断《き》られません」
 と、ぴったり云い切ったから、
 三「然《そ》うなれば兄妹《あにいもと》の縁を切るぞ」
 と云渡して、纏《まと》めて三十両の金を出すと、新吉は幸い金が欲《ほし》いから、兄と縁を切って仕舞って、行通《ゆきかよ》いなし。新吉は此の金を持って遊び歩いて家《うち》へ帰らぬから、自分は却《かえ》って面白いが、只|憫然《かわいそう》なのは女房お累、次第/\に胸の焔《ほむら》は沸《に》え返る様になります。殊に子供は虫が出て、ピイ/\泣立てられ、糸の様に痩せても薬一服呑ませません。なれども三藏の手が切れたから村方の者も見舞に来る人もござりません。新吉は能《い》い気になりまして、種々《いろ/\》な物を持出しては売払い、布団どころではない、遂《つい》には根太板《ねだいた》まで剥《はが》して持出すような事でございますから、お累は泣入っておりますが、三藏は兄妹の情《じょう》で、縁を切っても片時も忘れる暇《ひま》は有りません故、或日|用達《ようたし》に参って帰りがけ、旧来居ります與助《よすけ》と云う奉公人を連れて、窃《そう》っと忍んで参り、お累の家《うち》の軒下に立って、
 三「與助や」
 與「ヘエ」
 三「新吉が居る様なれば寄らねえが、新吉が居なければ一寸《ちょっと》逢って行《ゆ》きたいから窃《そっ》と覗《のぞ》いて様子を見て、新吉が居ては迚《とて》も顔出しは出来ぬ」
 與「マア大概《てえげえ》留守勝だと云うから、寄って上げ
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