新「冗談じゃアねえ、お前達《めえたち》は変だぜ」
 駕「ヘエ何うも、此様《こん》な事は、今迄長く渡世《しょうべえ》しますが、今夜のような変な駕籠を担いだ事がねえ、行くと思って歩いても後《あと》へ帰《けえ》る様な心持がするがねえ」
 新「戯けなさんな、包を出して」
 と駕籠から出て包を脊負《しょ》い、
 新「好《い》い塩梅に星が出たな」
 駕「ヘエ奴蛇の目の傘はこゝにございます」
 新「いゝやア、まア路《みち》を拾いながら跣足《はだし》でも何《なん》でも構わねえ行こう」
 駕「低い下駄なれば飛々《とび/\》行《ゆ》かれましょう」
 新「まアいゝや、さっ/\と行《い》きねえ」
 駕「ヘエ左様なら」
 新「仕様がねえな、何処だか些とも分りゃアしねえ」
 と云いながら出かけて見ると、更《ふ》けましたから人の往来はございません。路を拾い/\参りますと、此方《こっち》の藪垣《やぶがき》の側に一人人が立って居りまして、新吉が行《ゆ》き過《すぎ》ると、
 男「おい若《わけ》えの、其処《そこ》へ行《い》く若《わけ》えの」
 新「ソリャ、此処《こゝ》は何《なん》でも何か出るに違《ちげ》えねえと思った、畜生《ちきしょう》/\彼方《あっち》へ行《い》け畜生/\」
 男「おい若《わけ》えの/\コレ若えの」
 新「ヘエ、ヘエ」
 と怖々《こわ/″\》其の人を透《すか》して見ると、藪の処に立って居るは年の頃三十八九の、色の白い鼻筋の通って眉毛の濃い、月代《さかやき》が斯《こ》う森のように生えて、左右へつや/\しく割り、今御牢内から出たろうと云うお仕着せの姿《なり》で、跛《びっこ》を引きながらヒョコ/\遣って来たから、新吉は驚きまして、
 新「ヘエ/\御免なさい」
 男「何を仰しゃる、これは貴公が駕籠から出る時落したのだ、是は貴公様のか」
 新「ヘエ/\、恟《びっく》り致しました何《なん》だかと思いました、ヘエ」
 と見ると迷子札。
 新「おや是は迷子札、是は有難う存じます、駕籠の中でトロ/\と寝まして落しましたか、御親切に有難う存じます、是は私《わたくし》の大事な物で、伯父の形見で、伯父が丹精してくれたので、何《ど》うも有難うございます」
 男「其の迷子札に深見新吉と有るが、貴公様のお名前は何《なん》と申します」
 新「手前が新吉と申します」
 男「貴公様が新吉か、深見新左衞門の二男新吉はお前だの」
 新「ヘエ私《わたくし》で」
 男「イヤ何《ど》うも図らざる処で懐かしい、何うも是は」
 と新吉の手を取った時は驚きまして、
 新「真平《まっぴら》何うか、私《わたくし》は金も何もございません」
 男「コレ、私をお前は知らぬは尤《もっと》も、お前が生れると間もなく別れた、私はお前の兄の新五郎だ、何卒《どうか》して其方《そち》に逢い度《た》いと思い居りしが、これも逢われる時節兄弟縁の尽きぬので、斯様《かよう》な処で逢うのは実に不思議な事で有った、私は深見の惣領新五郎と申す者でな」

        三十六

 新「ヘエ、成程鼻の高い好《い》い男子《おとこ》だ、眼の下に黒痣《ほくろ》が有りますか、おゝ成程、だが新五郎様と云う証拠が何か有りますか」
 新五郎「証拠と云って別にないが、此の迷子札はお前伯父に貰ったと云うが、それは伯父ではない勘藏と云う門番で、それが私《わし》の弟を抱いて散り散《ぢ》りになったと云う事を仄《ほの》かに聞きました、其の門番の勘藏を伯父と云うが、それを知って居るより外《ほか》に証拠はない、尤も外に証拠物もあったが、永らく牢屋の住居《すまい》にして、実に斯様《かよう》な身の上に成ったから」
 新「それじゃアお兄様《あにいさま》、顔は知りませんが、勘藏が亡《なく》なります前、枕元へ呼んで遺言して、是を形見として貴方の物語り、此処《こゝ》でお目に掛れましたのは勘藏が草葉の影で守って居たのでしょう、それに付いても貴方のお身形《みなり》は何《ど》う云う訳で」
 新五郎「イヤ面目ないが、若気の至り、実は一人の女を殺《あや》めて駈落したれど露顕して追手《おって》がかゝり、片足|斯《か》くのごとく怪我をした故逃げ遂《おお》せず、遂々《とう/\》お縄にかゝって、永い間牢に居て、いかなる責《せめ》に逢うと云えど飽くまでも白状せずに居たれど、迚《とて》も免《のが》るゝ道はないが、一度|娑婆《しゃば》を見度《みた》いと思って、牢を破って、隠れ遂せて丁度二年越し、実は手前に逢うとは図らざる事で有った、手前は只今|何処《いずこ》に居《お》るぞ」
 新「私《わたくし》はねえ、只今は百姓の家《うち》へ養子に往《い》きました、先は下総の羽生村で、三藏と云う者の妹娘《いもとむすめ》を女房にして居ります、三藏と申すのは百姓もしますが質屋もし、中々の身代、殊《こと》に江戸に奉公
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