な伯父さんだから、もう一度《ひとたび》快《よ》くなって恩報《おんがえ》しに、お前を親の様に、尚更《なおさら》私が楽《たのし》みをさしてから見送り度《た》いから、もう一二年達者になってねえ、決して家来とは思わない、我儘《わがまゝ》をすれば殴打擲《ぶちたゝき》は当然《あたりまえ》で、貰い乳をして能《よ》く育てゝくれた、有難い、其の恩は忘れませんよ、決して家来とは思いません、真実の伯父さんよりは大事でございます」
勘「はい/\有難《ありがて》え/\、それを聞けば直《すぐ》に死んでも宜《い》い、ヤア、有難えねえ、サア死にましょうか、唯|死度《しにた》くもねえが、松魚《かつお》の刺身で暖《あった》けえ炊立《たきたて》の飯《まんま》を喫《た》べてえ」
新「さア/\何《なん》でも」
と云う。当人も安心したか間もなく眠る様にして臨終致しました。それからはまず小石川の菩提所へ野辺送りをして、長く居たいが養子の身の上|殊《こと》には女房は懐妊、早く帰ろうと、長屋の者に引留められましたが、初七日までも居りませんで、精進物で馳走をして初七日を取越して供養をいたし、伯父が住《すま》いました其の家は他人に譲りましたから、早々《そう/\》立ちまして、せめて今夜は遅くも亀有まで行きたいと出かけまする。折悪しく降出して来ました雨は、どう降《ぶり》で、車軸を流す様で、菊屋橋の際《きわ》まで来て蕎麦屋で雨止《あまやみ》をしておりましたが、更に止《や》む気色《けしき》がございませんから、仕方がなしに其の頃だから駕籠を一挺《いっちょう》雇い、四ツ手駕籠に桐油《とうゆ》をかけて、
新「何卒《どうか》亀有まで遣《や》って、亀有の渡《わたし》を越して新宿《にいじゅく》泊りとしますから、四ツ木通りへ出る方が近いから、吾妻橋を渡って小梅へ遣ってくんねえ」
駕籠屋「畏《かしこ》まりました」
と駕籠屋はビショ/\出かける。雨は横降りでどう/\と云う。往来が止りまするくらい。其の降る中をビショ/\担《かつ》がれて行《ゆ》くうち、新吉は看病疲れか、トロ/\眠気ざし、遂には大鼾《おおいびき》になり、駕籠の中でグウ/\と眠《ね》て居る。
駕籠屋「押ちゃアいけねえ、歩けやアしねえ」
新「アヽ、若衆《わかいしゅ》もう来たのか」
駕「ヘエ」
新吉「もう来たのか」
駕「ヘエ、まだ参りません」
新「あゝ、トロ/\と中で寝た様だ、何処《どこ》だか薩張《さっぱり》分らねえが何処だい」
駕「何処だか些《ちっ》とも分りませんが、鼻を撮《つま》まれるも知れません、たゞ妙な事には、なア棒組、妙だなア、此方《こっち》の左《ひだ》り手に見える燈火《あかり》は何《ど》うしてもあれは吉原土手の何《なん》だ、茶屋の燈火に違《ちげ》えねえ、そうして見れば此方にこの森が見えるのは橋場の総泉寺馬場《そうせんじばゞ》の森だろう、して見ると此処《こゝ》は小塚ッ原かしらん」
新「若衆/\妙な方へ担いで来たナ、吾妻橋を渡ってと話したじゃアねえか」
駕「それは然《そ》う云うつもりで参《めえ》りましたが、ひとりでに此処へ来たので」
新「吾妻橋を渡ったか何《なん》だか分りそうなものだ」
駕「渡ったつもりでございますがね、今夜は何だか変な晩で、何《ど》うも、変で、なア棒組、変だなア」
駕「些《ち》ッとも足が運べねえ様だな」
駕「妙ですねえ旦那」
新「妙だってお前達《めえたち》は訝《おか》しいぜ、何《ど》うかして居るぜ急いで遣《や》ってくんねえ、小塚ッ原などへ来て仕様がねえ、千住へでも泊るから本宿《ほんじゅく》まで遣っておくれ」
駕「ヘエ/\」
と又ビショ/\担ぎ出した。新吉はまた中でトロ/\と眠気ざします。
駕「アヽ恟《びっく》りすらア、棒組そう急いだって先が一寸《ちょっと》も見えねえ」
新「あゝ大きな声だナア、もう来たのか若衆」
駕「それが、些《ちっ》とも何処《どこ》だか分りませんので」
新「何処だ」
駕「何処だか少しも見当《みあて》が付きませんが、おい/\、先刻《さっき》左に見えた土手の燈火《あかり》が、此度《こんど》ア右手《こっち》に見える様になった、おや/\右の方の森が左になったが、そうすると突当りが山谷の燈火か」
新「若衆、何《ど》うも変だぜ、跡へ帰って来たな」
駕「帰《けえ》る気も何もねえが、何うも変でございます」
新「戯《ふざ》けちゃア困るぜ冗談じゃアねえ、お前達《めえたち》は訝《おか》しいぜ」
駕「旦那、お前さん何か腥《なまぐさ》い物を持っておいでなさりゃアしませんか、此処《こか》ア狐が出ますからねえ」
新「腥い物|処《どころ》か仏の精進日だよ、しっかりしねえな、もう雨は上ったな」
駕「ヘエ、上りました」
新「下《おろ》しておくれよ」
駕「何うもお気の毒で」
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