何《なん》だい」
と新吉は僅少《わずか》の金でも溜めて置いて呉れるのかと思いまして、手に取上げて見ると迷子札《まいごふだ》。
新「何《なん》だ是は迷子札だ」
勘「迷子札を今迄肌身離さず持って居たよ、是が形見だ」
新「是はいゝやア、今度生れる子が男だと丁度いゝ、若《も》し女の子か知らないが、今度生れる坊のに仕よう」
勘「坊なぞと云わねえでお前《めえ》着けねえ」
新「少し※[#「箍」の「てへん」に代えて「木」、143−4]《たが》がゆるんだね、大きな形《なり》をしてお守を下げて歩けやアしねえ」
勘「まア読んで見ねえ」
新「エヽ読んで」
と手に取上げて熟々《よく/\》見ると、唐真鍮《とうしんちゅう》の金色《かねいろ》は錆《さ》びて見えまする。が、深彫《ふかぼり》で、小日向服部坂深見新左衞門二男新吉、と彫付けてある故、
新「伯父さん是は何《なん》だねえ私の名だね」
勘「アイ、そのねえ、汚れたね其の布団の上へ坐っておくれ」
新「いゝよう」
勘「イヽエ坐ってお呉れ、お願いだから」
新「はい/\さア私が坐りました」
勘「それから私は布団から下《おり》るよ」
新「アヽ、下りないでも宜いよ、冷《ひえ》るといけねえよ」
勘「何卒《どうか》お前に逢ってねえ、一言《ひとこと》此の事を云って死にてえと思って心に掛けて居たがねえ、お前様《まえさん》は、小日向服部坂上で三百五十石取った、深見新左衞門様と云う、天下のお旗下のお前は若様だよ」
新「ヘエ、私がかえ」
勘「ウムお前の兄様《あにさま》は新五郎様と云ってね、親父様《おとっさま》はもうお酒好でねえ、お前が生れると間もなく、奥様は深い訳が有ってお逝去《かくれ》になり、其の以前から、お熊と云う中働《なかばたらき》の下婢《おんな》にお手が付いて、此の女が悪い奴で、それで揉めて十八九の時兄様は行方知れず、するとねえ、本所北割下水に、座光寺源三郎と云う、矢張《やっぱり》旗下が有って、其の旗下が女太夫《おんなだゆう》を奥方にした事が露《あら》われて、お宅番が付き、そのお宅番が諏訪部三十郎様にお前の親父様《おとっさん》の深見新左衞門[#「新左衞門」は底本では「深左衞門」]様だ、すると梶井主膳と云う竜泉寺前の売卜者《うらないしゃ》がねえ、諏訪部様が病気で退《ひ》いて居て、親父様が一人で宅番して居るを附込んで、駕籠を釣らして来て源三郎とおこよと云う女太夫を引攫《ひっさら》って逃げようとする、遣《や》るめえとする、争って鎗で突かれて親父様はお逝去《かくれ》だから、お家は改易になり、座光寺の家も潰《つぶ》れたがね、其の時にお熊は何《なん》でもお胤《たね》を孕《はら》んで居たがね、屋敷は潰れたから、仕方がねえので深川へ引取《ひきとり》、跡は御家督《ごかとく》もねえお前さんばかり、ちょうどお前が三歳《みっつ》の時だが、私が下谷大門町へ連れて来て貰い乳して丹精して育てたのさ、手前《てめえ》の親父《おやじ》や母親《おふくろ》は小さいうち死んで、己《おれ》が育てたと云って、刻煙草《きざみたばこ》をする中で丹精して、本石町四丁目の松田と云う貸本屋へ奉公に遣りましたが実は、己はお前の処に居た門番の勘藏と申す、旧来御恩を頂いた者で、家来で居ながら、お前さんはお旗下の若様だと※[#「救/心」、144−12]《なまじ》い若い人に知らせると、己は世が世なら殿様だが、と自暴《やけ》になって道楽をされると困るから、新吉々々と使い廻して、馬鹿野郎、間抜野郎と、御主人様の若様に悪たい吐《つ》いて、実の伯父甥の様にしてお前さんを育てたから、心安立《こゝろやすだて》が過ぎてお前さんを打《ぶ》った事も有りましたが、誠に済まない事を致しました、私はもう死にますから此の事だけお知らせ申して死度《しにた》いと思い、殊《こと》にお前さんは親類《みより》縁者《たより》は無いけれども、たゞ新五郎様と云う御惣領《ごそうりょう》の若様が有ったが、今居れば三十八九になったろうけれども行方知れず覚えて居て下さい、鼻の高い色の白い好《い》い男子《おとこ》だ、目の下に大きな黒痣《ほくろ》が有ったよ、其の方に逢うにも、お前さんがこの迷子札を証拠に云えば知れます、アヽもう何も云う事は有りませんが、唯《たゞ》馬鹿野郎などと悪態を吐《つ》きました事は何卒《どうぞ》真平《まっぴら》御免なすって、仏壇《ほとけさま》にお前様《まえさん》の親父様《おとッつぁま》の位牌《いはい》を小さくして飾って有ります、新光院《しんこういん》様と云って其の戒名だけ覚えて居ります、其の位牌を持って往って下さい」
三十五
新「然《そ》うかい、私は初めて伯父さん聞いたがねえ、だがねえ、私が旗下の二男でも、家が潰れて三歳《みっつ》の時から育てゝくれゝば親よりは大事
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