せん娘で、
 娘「あッ」
 と飛び退《の》いて新吉の手へすがりつくと、新吉も恟《びっく》りしたが、蛇はまた元の様に、墓の周囲《まわり》を廻って草の茂りし間へ這入りました。娘は怖いと思いましたから、思わず知らず飛退《とびの》く機《はず》みで、新吉の手へ縋《すが》りましたが、蛇が居なくなりましたから手を放せばよいのだが、其の手が何時迄《いつまで》も放れません。思い内に有れば色外に顕《あら》われて、ジロリ、と互《たがい》に横眼で見合いながら、ニヤリと笑う情《じょう》と云うものは、何《なん》とも申されません。女中は何も知りませんから、
 下女「お前さん、在郷の人には珍らしい人だ、些《ちっ》とまた遊びに来て、何処《どこ》に居るだえ、エヽ甚藏が処《とこ》に、彼《あ》の野郎評判の悪《わり》い奴で、彼処《あすこ》に、そうかえ些と遊びにお出でなさえ、嬢様お屋敷奉公に江戸へ行ってゝ、此の頃|帰《けえ》っても友達がねえで、話《はなし》しても言葉が分んねえてエ、食物《くいもの》が違って淋しくってなんねえテ、長く屋敷奉公したから種々《いろ/\》な芸事がある、三味《さみ》イおっ引《ぴい》たり、それに本や錦絵があるから見にお出でなさえ、此の間見たが、本の間に役者の人相書の絵が有るからね…雨が降って来た」
 新「其処《そこ》まで御一緒に」
 娘「何《ど》うせお帰り遊ばすなれば私《わたくし》の屋敷の横をお通りになりますから御一緒に、あの傘を一本お寺様で借りてお出でよ」
 下女「ハイ」
 と下女がお寺で番傘を借りて、是から相合傘《あい/\がさ》で帰りましたが、娘は新吉の顔が眼先を離れず、くよ/\して、兄に悟られまいと思って部屋へ這入って居ります。新吉の居場処《いばしょ》も聞いたがうっかり逢う訳に参りません、段々《だん/\》日数《ひかず》も重《かさな》ると娘はくよ/\欝《ふさ》ぎ始めました。すると或夜日暮から降出した雨に、少し風が荒く降っかけましたが、門口《かどぐち》から、
 甚「御免なさい/\」
 三「誰だい」
 甚「ヘエ旦那御無沙汰致しました」
 三「おゝ甚藏か」
 甚「ヘエ、からもう酷《ひど》く降出しまして」
 三「傘なしか」
 甚「ヘエ傘の無いのでびしょ濡《ぬれ》になりました、何《ど》うも悪い日和《ひより》で、日和癖で時々だしぬけに降出して困ります…エヽお母様《っかさん》御機嫌よう」
 三「コウ甚藏、お前もう能《い》い加減に馬鹿も廃《や》めてナ、大分《だいぶ》評判が悪いぜ、何《なん》とかにも釣方《つりかた》で、お前の事も案じるよ、大勢に悪《にく》まれちゃア仕方がねえ、名主様も睨《にら》んで居るよ」
 甚「怖《おっ》かねえ、からもう憎まれ口《ぐち》を利くから村の者は誰《たれ》も私《わっし》をかまって呉れません、ヘエ、御免なすって、えゝ此の間|一寸《ちょっと》嬢《ねえ》さんを見ましたが、えゝ彼《あれ》はあのお妹御様《いもうとごさま》で、いゝ器量で大柄で人柄の好《い》いお嬢《こ》でげすね、お前さんが時々|異見《いけん》を云って下さるから、何《ど》うか止してえと思うが、資本《もとで》は無し借金は有るし何うする事も出来ねえ、此の二三日《にさんち》は何うにも斯《こ》うにも仕様がねえから、些《ちっ》と許《ばか》り質を取って貰いてえと思って、此方様《こちらさま》は質屋さんで、価値《ねうち》だけの物を借りるのは当然《あたりまえ》だが、些とくどいから上手を遣わなければならねえが、質を取ってお貰《もれ》え申してえので」
 三「取っても宜《よ》い何《なん》だイ」
 甚「詰らねえ此様《こん》な物で」
 と三尺《さんじゃく》の間へ※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《はさ》んで来た物に巻いて有る手拭をくる/\と取り、前へ突付けたのは百姓の持つ利鎌《とがま》の錆《さび》の付いたのでございます。
 三「是か、是か」
 甚「へえ是で」
 三「此様《こん》な物を持って来たって仕様がねえ、買ったって百か二百で買える物を持って来て、是で幾許《いくら》ばかり欲しいのだ」
 甚「二十両なくっては追附《おっつ》かねえので、何《ど》うか二十両にね」
 三「極《きま》りを云って居るぜ、戯《ふざ》けるナ、お前《めえ》はそれだからいけねえ、評判が悪い、五十か百で買える物を持って来て二十両貸せなんてエ強迫《ゆすり》騙《かた》りみた様な事を云っては困る、此様《こん》な鎌は幾許《いくら》もある、冗談じゃアねえ、だから村にも居られなくなるのだよ」
 甚「旦那、只の鎌と思ってはいけねえ、只の鎌ではねえ、百姓の使うただの鎌とお前《めえ》さん見てはいけねえ」
 三「誰が見たって百姓の使う鎌だ、錆だらけだア」
 甚「錆びた処が価値《ねうち》で、能《よ》っく見て、錆びたところに価値が有るので
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