お師匠さんを置いて行っては義理が済みません」
新「そりゃア義理は済みませんがね、お前さんが逃げると云えば、義理にも何《なん》にも構わず無茶苦茶に逃げるね」
久「えゝ、新吉さん、お前さんほんとうに然《そ》う云って下さるの」
新「ほんとうとも」
久「じゃアほんとうにお師匠さんが野倒死をしても私を連れて逃げて下さいますか」
新「お前が行《ゆ》くと云えば野倒死は平気だから」
久「本当に豊志賀さんが野倒死になってもお前さん私を連れて行《い》きますか」
新「本当に連れて行きます」
久「えゝ、お前さんと云う方は不実な方ですねえ」
と胸倉を取られたから、フト見詰めて居ると、綺麗な此の娘の眼の下にポツリと一つ腫物《できもの》が出来たかと思うと、見る間《ま》に紫立って膨《は》れ上り、斯《こ》う新吉の胸倉を取った時には、新吉が怖いとも怖くないともグッと息が止《とま》るようで、唯《た》だ無茶苦茶に三尺の開戸《ひらきど》を打毀《うちこわ》して駈出したが、階子段《はしごだん》を下りたのか転がり落《おち》たのか些《ちっ》とも分りません。夢中で鮨屋を駈出し、トットと大門町の伯父の処へ来て見ると、ぴったり閉《しま》って居るからトン/\/\/\、
新「伯父さん/\/\」
十九
勘「オイ騒々しいなア、新吉か」
新「えゝ一寸早く明けて、早く明けておくんなさい」
勘「今明ける、戸が毀《こわ》れるワ、篦棒《べらぼう》な、少し待ちな、えゝ仕様がねえ、さあ這入んな」
新「跡をピッタリ締めて、南無阿弥陀仏/\」
勘「何《なん》だって己《おれ》を拝む」
新「お前さんを拝むのではない、ハア何《ど》うも驚きましたネ」
勘「お前のように子供みたいにあどけなくっちゃア困るね、えゝ、オイ何故師匠が彼程《あれほど》の大病で居るのを一人置いて、ヒョコ/\看病人が外へ出て歩くよ、済まねえじゃアないか」
新「済まねえが迚《とて》も家《うち》には居られねえ、お前さんは知らぬからだが其の様子を見せたいや」
勘「様子だって、何《ど》んな事があっても、己《おれ》が貧乏して居るのに、汝《てめえ》は師匠の家《うち》へ手伝いに往《い》ってから、羽織でも着る様になって、新吉さん/\と云われるのは皆《みんな》豊志賀さんのお蔭だ、その恩義を忘れて、看病をするお前がヒョコ/\出歩いては師匠に気の毒で
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