煮て持って来ておくんなすったよ、お久さんが来たよ」
 豐「あい」
 とお久と云う声を聞くと、こくり起上って手を膝について、お久の顔を見詰めて居ります。
 久「お師匠さんいけませんね、お母《っか》さんがお見舞に上るのですが、つい店が明けられませんで、些《ちっ》とはお快《よろし》ゅうございますか」
 豐「はい、お久さん度々《たび/″\》御親切に有難うございます。お久さん、お前と私とは何《な》んだえ」
 新「何を詰らない事を云うのだよ」
 豐「黙っておいでなさい、お前の知った事じゃアない、お久さんに云いたい事があるのだよ、お久さん私とお前とは弟子師匠の間じゃアないか、何故お見舞にお出でゞない」
 新「何を云うのだよ、お久さんは毎日お見舞に来たり、何《ど》うかすると日に二度ぐらいも来るのに」
 豐「黙っておいで、其様《そんな》にお久さんの贔屓《ひいき》ばかりおしでない、それは私が斯《こ》うしているから案じられて来るのじゃア無い、お久さんはお前の顔を見たいから度々来るので」
 新「仕様がないナ詰らぬ事を云って、お久さん堪忍してね、師匠は逆上して居るのだから」
 久「誠にいけませんね」
 とお久は少し怖くなりましたから、こそ/\と台所から帰ってしまいました。
 新「困るね、えゝ、おい師匠|何うしたんだ、冗談じゃアねえ、顔から火が出たぜ、生娘《きむすめ》のうぶ[#「うぶ」に傍点]な娘《こ》に彼様《あん》な事を云って、面目無《めんぼくなく》って居られやアしない」
 豐「居られますまいよ、顔が見たけりゃア早く追駈《おっか》けてお出で」
 新「あゝいう事を云うのだもの」
 豐「私の顔は斯んな顔になったからって、お前がそういう不人情な心とは私は知りませんだったよ」
 新[#「新」は底本では「豐」]「何を云うのだね、誠に仕様がねえな、些《ちっ》と落付いてお寝よ」
 豐「はい寝ましょうよ」
 新吉は仕方がないから足を摩《さす》って居りますと、すや/\疲れて寝た様子だから、いゝ塩梅だ、此の間に御飯でも喫《た》べようと膳立《ぜんだて》をしていると這出して、
 豐「新吉さん」
 新「何《なん》だい、肝《きも》を潰《つぶ》したねえ」
 豐「私が斯んな顔で」
 新「仕様がねえな冷《ひえ》るといけないからお這入りよ」
 と云う塩梅、よる夜中《よなか》でも、いゝ塩梅に寝附いたから疲れを休めようと思って、ご
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