う大事な娘だのに、そんな訳もない事を云って疵《きず》を附けては、向《むこう》の親父さんの耳にでも入ると悪いやね、あの娘のお母《っか》さんは継母で喧《やかま》しいから可愛《かわい》そうだわね」
 豐「可愛そうでございましょう、お前はお久さんの事ばかりかわいそうで案じられるだろうが、私が死んでもお前は可愛そうだと思う気遣《きづかい》はないよ」
 新「あ、あゝいう事を、お前仕様がないね、よく考えて御覧な、全体私は家《うち》の者じゃアないか、仮令《たとえ》訳があっても隠すが当然だろう、それを訳のない者を疑って、ある/\と云うと、世間の人まで有ると思って私が困るよ」
 豐「御尤《ごもっとも》でございますよ、でも何《ど》うせあるのはあるのだね、私が死ねば添われるから、何卒《どうぞ》添わして上げたいから云うのだよ、新吉さん本当に私は因果だよ、私は何うも死切れないよ」
 新「あゝ云う事を云う、何を証拠に…えゝそれはね……彼様《あん》な事を…又あゝいう事を……お前そう疑るからいけない、此の頃来たお弟子ではなし、家《うち》の為になるからそれはお前、お天気がいゝとか、寒うございますとか、芝居へおいでなすったか位のお世辞は云わなければならないやね、それも家の為だと思うから云おうじゃアないか、あれサ仕様がないね、別に何も……此の間も見舞物を持って来たから台所へ行って葢物《ふたもの》を明けて返す、あれサそれを、あゝいう分らぬ事を云う仕様がねえなア」
 とこぼして居る所へ這入って来たのは何も知らないお久でございます。何か三組《みつぐみ》の葢物へおいしいものを入れて、
 久「新吉さん、今日《こんにち》は」
 新「ヘエ、お出《いで》なさい、此方《こちら》へお這入りなすって、ヘエ有難う、まア大きに落付《おちつき》ました様で」
 久「あのお母《っか》さんが上《あが》るのですが、つい店が明けられませんで御無沙汰を致しますが、慥《たし》かお師匠さんがお好《すき》でございますから、よくは出来ませんが何卒《どうぞ》召上って」
 新「有難うございます、毎度お前さんの処から心にかけて持って来て下すって有難う、錦手《にしきで》の佳《い》い葢物ですね、是は師匠が大好《だいすき》でげす、煎豆腐《いりどうふ》の中へ鶏卵《たまご》が入って黄色くなったの、誠に有難う、師匠が大好、おい師匠/\あのねお久さんの処からお前の好な物を
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