十五

 引続きまして真景累が淵、前回よりは十九年経ちましてのお話に相成りますが、根津七軒町の富本《とみもと》の師匠|豐志賀《とよしが》は、年卅九歳で、誠に堅い師匠でございまして、先年妹お園を谷中七面前の下總屋と云う質屋へ奉公に遣《や》って置きました処、図らぬ災難で押切の上へ押倒され、新五郎の為に非業の死を遂げましたが、それからは稽古をする気もなく、同胞《きょうだい》思いの豊志賀は懇《ねんごろ》に妹お園の追福を営み、追々月日も経ちまするので気を取直し、又|矢張《やっぱり》稽古をする方が気が紛れていゝから、と世間の人も勧めまするので、押っ張って富本の稽古を致す様になりましたが、女の師匠と云う者は、堅くないとお弟子がつきません。彼処《あすこ》の師匠は娘を遣って置いても行儀もよし、言葉遣いもよし、真《まこと》に堅いから、あの師匠なら遣るが宜《い》い、実に堅い人だ、と云うので大家《たいけ》の娘も稽古に参ります。すると、男嫌いで堅いと云うから、男は来そうもないものでございますが、堅い師匠だと云うと、妙に男が稽古に参ります。
「師匠是は妙な手桶で、台所で遣《つか》うのには手で持つ処が小さくって軽くって、師匠などが水を汲むにいゝから、私が一つ桶屋に拵《こしら》えさして持って来た」
 とか、又朝早く行って、瓶《かめ》へ水を汲んで流しを掃除しようなどと手伝いに参ります。中には内々《ない/\》張子連《はりこれん》などと申しまして、師匠が何《どう》かしてお世辞の一言《ひとこと》も云うと、それに附込んで口説落《くどきおと》そうなどと云う連中《れんじゅう》、経師屋《きょうじや》連だの、或《あるい》は狼連などと云う、転んだら喰おうと云う連中が来るのでありますから、種々《いろ/\》親切に世話を致します。時々|浚《さら》いや何か致しますと、皆《みんな》此の男の弟子が手伝いに参りますが、ふと手伝いに来た男は、下谷《したや》大門町《だいもんちょう》に烟草屋《たばこや》を致して居《お》る勘藏と云う人の甥《おい》、新吉と云うのでございますが、ぶら/\遊んで居るから本石町《ほんこくちょう》四丁目の松田と云う貸本屋へ奉公に遣《や》りましたが、松田が微禄いたして、伯父の処へ帰って遊んでいるから、少し烟草を売るがいゝと云うので、掴《つかみ》煙草を風呂敷に包み、処々《ところ/″\》売って歩きますが、素《もと》より
前へ 次へ
全260ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング