いから」
 宗「いゝえそうでは無い」
 と云うと妹のお園が、
 園「お父《とっ》さん早く帰っておくれ、本当に寒いから、遅いと心配だから」
 宗「なに心配はない、お土産《みや》を買って来る」
 と云って出ますると、所謂《いわゆる》虫が知らせると云うのか、宗悦の後影《うしろかげ》を見送ります。宗悦は前鼻緒《まえばなお》のゆるんだ下駄を穿《は》いてガラ/\出て参りまして、牛込の懇意の家《うち》へ一二軒寄って、すこし遅くはなりましたが、小日向|服部坂上《はっとりさかうえ》の深見新左衞門《ふかみしんざえもん》と申すお屋敷へ廻って参ります。この深見新左衞門というのは、小普請組《こぶしんぐみ》で、奉公人も少ない、至って貧乏なお屋敷で、殿様は毎日御酒ばかりあがって居るから、畳などは縁《へり》がズタ/\になって居《お》り、畳はたゞみ[#「み」に傍点]ばかりでたた[#「たた」に傍点]は無いような訳でございます。
 宗「お頼み申します/\」
 新「おい誰《たれ》か取次が有りますぜ、奥方、取次がありますよ」
 奥「どうれ」
 と云うので、奉公人が少ないから奥様が取次をなさる。

        二

 奥「おや、よくお出でだ、さア上《あが》んな、久しくお出でゞなかったねえ」
 宗「ヘエこれは奥様お出向いで恐れ入ります」
 奥「さアお上り、丁度殿様もお在宅《いで》で、今御酒をあがってる、さア通りな、燈光《あかり》を出しても無駄だから手を取ろう、さア」
 宗「これは恐入ります、何か足に引掛《ひっかゝ》りましたから一寸《ちょっと》」
 奥「なにね畳がズタ/\になってるから足に引掛るのだよ……殿様宗悦が」
 新「いや是は何《ど》うも珍らしい、よく来た、誠に久しく逢わなかったな、この寒いのによく尋ねてくれた」
 宗「ヘエ殿様御機嫌|好《よ》う、誠に其の後《のち》は御無沙汰を致しましてございます、何うも追々|月迫《げっぱく》致しまして、お寒さが強うございますが何もお変りもございませんで、宗悦身に取りまして恐悦に存じます」
 新「先頃は折角尋ねてくれた処が生憎《あいにく》不在で逢わなかったが何うも遠いからのう、なか/\尋ねるたって容易でない、よくそれでも心に掛けて尋ねてくれた、余り寒いから今一人で一杯始めて相手欲しやと思って居た処、遠慮は入らぬ、別懇《べっこん》の間ださア」
 宗「ヘエ有難い事で、家内の
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