ヘエお療治を致しますか」
新「何だ汝《てまえ》ではなかった、違った」
按摩「左様で、それはお生憎《あいにく》様でございますが何卒《どうぞ》お療治を」
新「これ/\貴様鍼をいたすか」
按摩「私《わたくし》は俄盲人《にわかめくら》でございまして鍼は出来ません」
新「じゃア致方《いたしかた》が無い、按腹《あんぷく》は」
按摩「療治も馴れません事で中々上手に揉みます事は出来ませんが、丈夫な方ならば少しは揉めます」
新「何の事だ病人を揉む事はいかぬか、それは何にもならぬナ、でも呼んだものだから、勘藏、これ、何処《どこ》へ行って居るかナ、じゃア、まア折角呼んだものだからおれの肩を少し揉め」
按摩「ヘエ誠に馴れませんから、何処が悪いと仰しゃって下さい、経絡《けいらく》が分りませんから、こゝを揉めと仰しゃれば揉みます」
と後《うしろ》へ廻って探り療治を致しまするうち、奥方が側に居て、
奥方「アヽ痛《いた》、アヽ痛」
新「そう何《ど》うもヒイ/\云っては困りますね、お前我慢が出来ませんか、武士の家に生れた者にも似合わぬ、痛い/\と云って我慢が出来ませんか、ウン/\然《そ》う悶えては却《かえ》って病に負けるから我慢して居なさい、アヽ痛、これ/\按摩待て、少し待て、アヽ痛い、成程|此奴《こいつ》は何うもひどい下手だナ、汝《てまえ》は、エヽ骨の上などを揉む奴が有るものか、少しは考えて遣《や》れ、酷《ひど》く痛いワ、アヽ痛い堪《たま》らなく痛かった」
按摩「ヘエお痛みでござりますか、痛いと仰しゃるがまだ/\中々|斯《こ》んな事ではございませんからナ」
新「何を、こんな事でないとは、是より痛くっては堪らん、筋骨に響く程痛かった」
按摩「どうして貴方、まだ手の先で揉むのでございますから、痛いと云ってもたかが知れておりますが、貴方のお脇差でこの左の肩から乳の処まで斯《こ》う斬下げられました時の苦しみはこんな事では有りませんからナ」
新「エ、ナニ」
と振返って見ると、先年手打にした盲人《もうじん》宗悦が、骨と皮|許《ばか》りに痩せた手を膝にして、恨めしそうに見えぬ眼を斑《まだら》に開いて、斯う乗出した時は、深見新左衞門は酒の酔《えい》も醒《さ》め、ゾッと総毛だって、怖い紛れに側にあった一刀をとって、
新「己《おの》れ参ったか」
と力に任《まか》して斬りつけると、
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