母へもよく事《つか》えます故、母の気にも適《い》って村方のものを聘《よ》んで取極《とりきめ》をして、内祝言《ないしゅうげん》だけを済まして内儀《おかみさん》になり、翌年になりますと、丁度この真桑瓜《まくわうり》時分|下総瓜《しもふさうり》といって彼方《あちら》は早く出来ます。惣次郎の瓜畑を通り掛った人は山倉富五郎《やまくらとみごろう》という座光寺源三郎の用人役であって、放蕩無頼にして親には勘当され、其の中《うち》座光寺源三郎の家は潰れ、常陸《ひたち》の国に知己《しるべ》があるから金の無心に行ったが当《あて》は外れ、少しでも金があれば素《もと》より女郎でも買おうという質《たち》、一文なしで腹が空《へ》って怪しい物を着て、小短いのを帯《さ》して、心《しん》の出た二重廻《ふたえまわ》りの帯をしめて暑くて照り付くから頭へ置手拭をして時々流れ川の冷たい水で冷《ひや》して載せ、日除《ひよけ》に手を出せば手が熱くなり、腕組みをすれば腕が熱し、仕様がなくぶらり/\と参りました。
 富「あゝ、進退|茲《こゝ》に谷《きわ》まったなア、どうも世の中に何がせつないといって腹の空るくらいせつない事はないが、どうも鳥目《ちょうもく》がなくって食えないと猶更空るねえ、天草の戦《いくさ》でも、兵糧責では敵《かな》わぬから、高松の水責と雖《いえど》も彼も兵糧責、天草でも駒木根八兵衞《こまきねはちべえ》、鷲塚忠右衞門《わしづかちゅうえもん》、天草玄札《あまくさげんさつ》などという勇士がいても兵糧責には叶《かな》わぬあゝ大きな声をすると腹へ響ける、大層真桑瓜がなっているなあ、真桑瓜は腹の空《す》いた時の凌《しの》ぎになる腹に溜《たま》る物だが、うっかり取る処を人に見られゝば、野暴《のあらし》の刑で生埋《いきうめ》にするか川に簀巻《すまき》にして投《ほう》り込まれるか知れんから、一個《ひとつ》揉《も》ぎって食う事も出来ぬが、大層なって熟しているけれども、真桑瓜を黙って持って行くはよろしくないというが、一寸|此処《こゝ》で食う位《ぐらい》の事は何も野暴《のあら》しでもないからよかろう、一つ揉ぎって食おうか」
 と怖々《こわ/″\》四辺《あたり》を見ると、瓜番小屋に人もいない様だから、まア好《い》い塩梅と腹が空《へ》って堪《たま》らぬから真桑瓜を食しましたが、庖丁がないから皮ごと喫《かじ》り、空腹だから続けて
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