改心致しました、と申すのは、熟々《つく/″\》考えれば唯《たゞ》不思議な事で、十月からは蛇が穴に入《い》ると云うに、十一月に成って大きな蛇が出たり、又先頃墓場で見た時、身の毛立つ程驚いたのも、是は皆心の迷《まよい》で有ったか、あゝ見えたのは怖い/\と思う私が気から引出したのか、お累も見たと云い殊《こと》に此の家《うち》は累が淵で手に掛けたお久の縁合《えんあい》、其の家へ養子に来ると云うは、如何《いか》なる深き因縁の、今まで数々罪を作った此の新吉、是からは改心して、此家《こゝ》を出れば外《ほか》に身寄|便《たより》も無い身の上、お累が彼様《あん》な怪我をすると云うのも皆《みんな》私故、これは女房お累を可愛がり、三藏親子に孝行を尽したならば、是までの罪も消えるであろうと云うので、新吉は薩張《さっぱり》と改心致しました。それからは誠に親切に致すから、三藏も、
三「新吉は感心な男だ、年のいかんに似合わぬ、何《なん》にしろ夫婦中さえ宜《よ》ければ何より安心、殊に片輪のお累を能《よ》く目を掛けて愛してくれる」
と、家内は睦《むつま》しく、翌年になりますと、八月が産月《うみづき》と云うのでございますから、先《まず》高い処へ手を上げてはいかぬ、井戸端へ出てはならぬとか、食物《しょくもつ》を大事に為《し》なければならんと、初子《ういご》だから母も心配致しまする。と江戸から早飛脚《はやびきゃく》で、下谷大門町の伯父勘藏が九死一生で是非新吉に逢いたいと云うのでございますが、只今の郵便の様には早く参りませんから、新吉も心配して、兄三藏と相談致しますと、たった一人の伯父さん、年が年だから死水《しにみず》を取るが宜《い》いと、三藏は気の付く人だから、多分の手当をくれましたから、暇《いとま》を告げ出立《しゅったつ》を致しまして、江戸へ着いたのは丁度八月の十六日の事でございます。長屋の人が皆寄り集って看病致します。身寄便もない、女房はなし、歳は六十六になります爺《おやじ》で、一人で寝て居りますが、長屋に久しく居る者で有りますから、近所の者の丹精で、漸々《よう/\》に生延びて居ります処、
男「オヤ新吉さんか、さア/\何卒《どうぞ》お上《あが》りなすって、おかね、盥《たらい》へ水を汲んで、足をお洗わし申して、荷や何かは此方《こっち》へ置いて、能《よ》くお出《いで》なすった、お待申しておりました、
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