勘「ア駕籠屋さんか、アノ裏へ廻って、二軒目だよ、其の材木が立掛けて有る処から漬物屋の裏へ這入って、右へ附いて井戸端を廻ってネ、少し…二|間《けん》ばかり真直《まっすぐ》に這入ると、己《おれ》の家《うち》の裏口へ出るから、エ、なに、知れるよ、あんぽつ[#「あんぽつ」に傍点]ぐらいは這入るよ」
 駕「ヘエ」
 勘「じゃア師匠、私が送りたいが今云う通り明ける事が出来ないから、新吉が附いて帰るから、ね、師匠、新吉の届かねえ処は、年もいかねえから勘弁して、ね、私が附いてるからもう不実な事はさせません、今迄の事は私が詫《わ》びるから……冗談じゃアねえ……新吉、お送り申しな、オイ今|明《あけ》るよ、裏口へ駕籠屋が来たから明けて遣《や》りな、おい御苦労、さア師匠、広袖を羽織っていゝかえ」
 豐「ハイ伯父さんとんだ事をお耳に入れて誠に」
 勘「宜《い》いからさア掴《つか》まって、いゝかえ、おい若衆《わかいしゅ》お頼申すよ、病人だから静かに上げておくれ、いゝかえ緩《ゆっ》くりと、此の引戸を立てるからね、いいかえ」
 と云うので引戸を〆《し》めてしまうと、
 新「じゃア伯父さん提灯を一つ貸して下さいな、弓張でもぶら[#「ぶら」に傍点]でも何《なん》でも宜《い》いから、え、蝋燭《ろうそく》が無けりゃア三ツばかりつないで、え、箸を入れてはいけませんよ、焙《あぶ》ればようございます」
 男「御免なさい」
 トン/\。
 勘「ヘエ、何方《どなた》でげす」
 男「新吉さんは此方《こちら》ですか、新吉さんの声の様ですね、え、新吉さんかえ」
 勘「ヘエ何方でげすえ、ヘエ…ねえ新吉、誰かお前の名を云って逢いたいと云ってるから明けねえ」
 新「おやお出でなさい」
 男「おやお出でじゃアねえ、新吉さん困りますね、病人を置いて出て歩いては困りますね、本当に何様《どんな》に捜したか知れない、時にお気の毒様なこと、お前さんの留守に師匠はおめでたくなってしまったが、何《ど》うも質《すじ》の悪い腫物《できもの》だねえ」

        二十

 新「何を詰らない事を、善六さん極《きま》りを云ってらア」
 善「極りじゃアねえ」
 新「そんな冗談云って、いやに気味が悪いなア」
 善「冗談じゃアねえ、家内がお見舞に徃った処が、お師匠さんが寝てえると思って呼んで見ても答がねえので、驚いて知らせて来たから私も行《ゆ》き彦六
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