寒うございましたろう、何処から、駒込から、いやそれは大変でした、さゝ此方へお出でなすって火鉢の側へ、婆さん炭取《すみとり》を持って来て、其方《そっち》にも火鉢を出しな大勢だから一つの火鉢にかたまる訳にいかねえ、それからお茶を入れて菓子を出しねえ、何い、そう幾つも手が有りませんと、強情ッ張《ぱり》の婆《ばゝあ》だ……さ此方へ………お変りもございませんで……御難渋の事で、予《かね》て承わって居りますが」
ふみ「申し三八さん、私も此様《こん》なにおちぶれましてございます」
三「へい誠に御無沙汰致しました、横浜にお出でなさる事は聞きましたが、何うも浜だから一寸お尋ね申す事も出来ず、お目の悪い事も存じませんでしたが、何《いず》れ又病院にでもお入りなすってお療治でも致せば」
ふみ「はい有難うございますが、病院へ入りまして、入院中も種々《いろ/\》お医者様も御丹誠なすって下すったが、何うも治りません眼と見えまして、もう何も彼《か》も売尽《うりつく》しまして此様なにおちぶれ果てました、私《わたくし》はもう前世《まえのよ》の約束だと思って居りますが、親の因果が子に酬《むく》うとやら、何にも知りません子供たちにまで(涙をふき)饑《ひも》じいめをさせます、何方《どちら》と云って知っている人もございませんで、始めの程は御懇意様やお慈悲深き方から救われましたが、又二度とも参られませず、新助がお馴染でございますから、何うか三八さん(歔欷《すゝりなく》)あなたの処《とこ》へなんぞ申して参られた訳ではございませんが、能々《よく/\》と思召《おぼしめ》して、子供を可愛想と思って、少しばかりお恵みなすって下さい(泣伏《なきふす》)昨日《きのう》から子供達には未だ御飯《ごぜん》を食べさせません、今朝程少しばかりお芋を買って食べさせましただけで」
三「おゝゝおや御新造何うも何ともはや、人という者は何うも過ぎて見なけりア事の分らねえもんでげすが、あなたの処《とこ》は結構なお身代で、旦那さんは一寸お出での時も金側《きんがわ》の時計を頼まれ物だとおっしゃって、五つも六つも持っておいでなさる、あの御身代が今のお身の上、三八などは前から貧乏だから格別貧を苦にも致しませんが、良い人ががたりと斯うなるというと誠にお困りなさる、矢張《やっぱり》あなたなんぞは結構のお身の上だけに、貧乏に甚《ひど》く驚くと云うもんで……旦那様が妻恋坂下で三年|後《あと》に御切腹なすったと云うのだから、これが何うも驚きましたね、何うも」
ふみ「はい、それにねあなた、あの時に人様からお預かり申した大金がございます、それと金側の時計が一つ紛失《なくな》りました、金《かね》もございませんから、若し盗賊にでも取られまして、それであゝいう堅い気性でございまして、はッと取りのぼせましたか、又預り金を取られ申し訳が無いと切羽詰りに成りまして、あゝいうことに成りましたか、もう歿《なく》なりますると、中々先の貸金は参りませんで、借財も多くございましたから、人様も、道具を運んでしまって、他家《わき》へ預けて身代限りを出して仕舞え、そうすりア後《あと》で何《ど》の様にも身代が出来ると云ってくれたお人も有りましたが、得心づくで借りた借財、何うしてあなた、そんな事が出来ましょう伽蘭堂《がらんどう》にしてお渡し申して、残らず店の品物まで売り尽しましてお返し申したから、手許《てもと》へは僅か百二三十円有りましたが、それから私は眼が悪くなり、病院に這入ったり何や彼やで遣い果し、浜でも富貴楼の御夫婦が御親切になすって下さったが、東京《こっち》に親戚《みより》も有りますから、それを力に上《のぼ》りますると、昨年の九月其の親戚の者も何ういう因縁でございますか人手に掛って非業な目に遇《あ》い、その葬式《とむらい》まで困る中で私が出す様な訳、何処と云って頼る処《とこ》もございませんから、駒込片町の三春屋《みはるや》と申す安泊《やすどま》りに居りまする」
三「おや/\何うも間が悪いと悪い事ばかり出来て、間が善くなると一切何うも善い事ばかり出て来るものだから、又是から悪い事ばかりも有りますまいから、御心配なさんな、わたしはお金も何も無いから、芸者屋へ往《い》きましょう、旦那様から御祝儀を頂いた芸者から勧化帳《かんげちょう》でなく、小さな一寸した帳面を拵えて往って、志を何程でも、旦那様の何《なん》でがす、御贔屓になすった芳町《よしちょう》に金八《きんぱち》にお豐も御ひいきに成りました、義理が有る処《とこ》で、先《まず》松源と鳥八十、大茂へまいりまして、又下谷の芸妓ではお稻に小〆《こしめ》、小竹《こたけ》、小ゑつ、おみき………兎も角も私が往って貰うような事にしましょう、若い処《とこ》の芸者や何かは会の義理を出すと思えば貴方一寸びらを拵えても、びらが五十
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