なにお幇間《たいこ》を云っちゃアいけない、あれは抱えか又娘分かえ」
三「あれは娘分なんでげすが、彼処《あすこ》の婆《ばゝあ》ほど運の好《よ》い奴はありません、無闇に金ばかり溜めて高利を取って貸すんでげすが、二|月《つき》縛りで一割の礼金で貸しやアがって、彼《あ》の位の者は沢山《たんた》ア有りませんね、それが何うもあゝいう奴は娘《こ》を抱えると、直《すぐ》に美代ちゃんのお母《っかあ》が死んでしまうと、往《い》き所の無《ね》えのを幸《さいわい》にずる/\べったりに娘に為《し》ちまッたんでげすが、あんな運の好《い》い人はありやせん」
旦「何か情夫《いろ》でも有るのかえ」
三「なにそんな者はありません、只|温順《おとな》しい一方で、本当《ほんと》にまだ色気の味も知らない位でげす、付合《つきあい》で何処《どこ》かへ往《い》けなんてえと御免なさい、お母《っか》さんに叱られると云っている位なんで」
旦「何うかして彼《あ》の娘《こ》を呼出す工夫をして居るんだが、お母《っかあ》に取入ってお母と付合になっちまってから、其の後《のち》彼の娘をお貸しな、上手《うわて》へ往《い》くとか、一晩|泊《どまり》で多摩川の鮎漁へ往こうと云っても、若い者《もん》じゃア婆さんも油断はしめえが、此方《こっち》は最う四十の坂を越えて居るから安心するだろう」
三「貴方上手なんぞへ連れてって何うなさるんで」
旦「いやさ、彼の娘を連れてッて、情夫《いろ》がある種を知って居るから両人《ふたり》しっぽり会わして遣《や》ろうッてんだが何うだえ」
三「こりゃア恐れ入りやしたね、何うもこれは出来ない業《わざ》でげすな、ちょいと玉《ぎょく》を付けて、祝儀を遣った其の上で、情夫《いゝひと》に会わして遣るなんてえ事は中々出来る事《こッ》ちゃア有りやせん、間夫《まぶ》が有るなら添わして遣りたいてえ七段目の浄瑠璃じゃアねえが、美代ちゃんに然う云ったらどんなに悦ぶか知れやアしませんよ、旦那のことだから往渡《ゆきわた》り宜く家《うち》へ往って然う云ったら、美代ちゃんの母親《おふくろ》さんも何《ど》んなにか悦びましょう、併《しか》し彼の婆《ばゝあ》は何うも慾が深《ふけ》えたッてなんて、彼《あ》んなのも沢山《たんと》はありません、慾の国から慾を開《ひら》きに来て、慾の学校が出来たら直《すぐ》に教員に為《な》るてえ位な慾張で、あの肥《ふと》ってるのは慾が肉と筋の間へからんで、慾肥りてえのは彼《あれ》から初まったでげす……じゃア美代ちゃんの家へ入らっしゃいまし」
と三八が先に立ち数寄屋町へ這入り、又細い横町へ曲り、
旦「此方《こっち》へ曲るのかえ」
三「此方《こちら》へ入らっしゃい……えゝ此処で、有松屋《ありまつや》という提灯《ちょうちん》の吊してある処で」
旦「法華宗《ほっけしゅう》なのかえ」
三「何でも金にさえなれば摩利支天様《まりしてんさま》でもお祖師様《そしさま》でも拝むんで、それだから神様の紋散《もんじら》しが付いて居るんで……母親《おふくろ》さん今日《こんち》は、お留守でげすか……美代ちゃん今日は」
婆「あい誰だえ、安《やす》どんかえ」
三「あれが婆《ばゝあ》の慾から出る声でげすが、酷《ひど》いもんで……えゝ三八でげすよ」
婆「いやだよ何だねえ、ずっとお這入りな表からお客様振ってさ」
三「御免なせえまし、ヘヽヽ今日は……」
婆「此の間はあれっきり来ないもんだから、わたしは本当に困ったよ、皆さんから後《あと》で話が有って………これからは持って一々来て見せなくちゃア困るじゃアねえか」
三「ところが梅素《ばいそ》さんの処へ往《い》くと、びらが一ぺえ来てえるので、待って書いて貰いましたんで、大きに遅くなったんでげすが、その代り美代ちゃんはちゃんと中軸《なかじく》にして、そこらは抜目無くして置いた事は、後で御覧なすっても解りますが、時に今ね母親さん美土代町の奧州屋《おうしゅうや》の旦那がね、ほんとに粋《すい》な苦労人で、美代ちゃんを呼んで度々《たび/\》お座敷も重なると、家《うち》で案じるといけないから、ちょいとお母さんにあかして仲好《なかよし》に成りてえと仰しゃるから、お連れ申して来ましたんで」
婆「あれまア何うもまア表に居らっしゃるの……何うぞ此方《こっち》へお上り遊ばして下さい、まことに思い掛けない事で、何うぞ此方《こちら》へ……師匠|此方《こちら》へ案内してお上げ申しておくれよ」
三「ヘヽヽ此方《こちら》へお上んなさいまし」
旦「はい御免……お母さんお初にお目にかゝります、毎度美代ちゃんを呼んで世話を焼かしますが、何うぞ心安く……」
婆「まア何うも宜く入らっしゃいました、毎度また彼《あれ》を御贔屓《ごひいき》に遊ばして有難う存じます、宜くまア此様《こん》な狭い汚ない所へ入らっしゃいました、何時
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