も蔭でおうわさばかり致して居ますの、何うかして一度お目にかゝって置きたいと思いまして、師匠にも然う申しましたら、その内に案内をしようと云ってくれましたが、またお楽《たのし》みの処へ出ましてもお邪魔だろうからと存じて控えて居ましたが、毎度御贔屓様になりまして有難う存じます、あんな結構な袂持《たもともち》や合切袋《がっさいぶくろ》や金の指環など見たこともない物を下すって、あれがお湯などに箝《は》めて参りますから、そんな結構な物を箝めてお湯に這入るのじゃア無いよ、金より其の上に善い物は無いからと云いましても、今の若い者は開化とか何とかいう事を知って居りまして、人のいう事をば些《ちっ》とも聞かないで矢張箝めてお湯に這入りましたりして、ぞんざいに致しまして、何うも持《もち》ざっぺいが悪くて仕方がございません、お客様が折角のお志で下すった物を、粗末にしたり落しちゃア済まないよ、お志を無にするからと申しましても、あの通り頑是《がんぜ》がございませんから、何時までも子供のようでございまして仕方が有りませんが、何うぞお見捨なく何時までも御贔屓を願います、此の間もあなた遅く帰って来まして、お母さんお案じでないよ、奧州屋の旦那様が外《ほか》に何《ど》んな無理なお客が有っても、十二時を打ったらずん/\帰れと云って下すったが、そんなお客様は無いてッて何時も旦那様のお噂ばかり申して居りますので」
三「何《なん》しろ美代ちゃんをちょいと」
婆「今お湯から帰って、ちょいと二階で身化粧《みじまい》をして居ますよ」
旦「それは丁度|好《い》い所だった……師匠お母さんに其のオイお土産を………」
三「左様で………母親さんには是だけ……女中は慥《たし》か両人《ふたり》でしたねえ……これは旦那から」
婆「まア何うも有難う存じます、何《どう》ぞ旦那様へ宜しくお礼を仰しゃって下さいまし……旦那これからは何うぞ何方《どちら》へ往らっしゃいまして、御膳を上りましても詰らない御散財でございますから、美代吉の所へ往《ゆ》って惣菜で安く食べて往《い》こうと云うようにお心易《こゝろやす》く、ちょい/\入らっしゃッて下さいまし、然うすると此方《こちら》でも誠に気が置けませんで宜しゅうございますから、これを御縁として何うかちょい/\入らしって下さいまし………お前方|皆《みん》な此方《こっち》へ来てお礼を申しな」
下「誠にどうも有難う存じます」
旦「いや何うもお礼では痛み入ります」
三「お母《っか》さん何か一寸《ちょいと》お飯物《まんまもの》を色取りして何うか……」
婆「はい畏《かしこま》りました……ちょいとあの美代吉や下りてお出で、美土代町の旦那様が入らっしったよ」
美「はい」
 と返事をいたし、しと/\階子《はしご》を下りて参り、長手の火鉢の前に坐りましたが髪が、結《い》い立《たて》でお化粧《しまい》の為立《した》てで、年が十九故|十九《つゞ》や二十《はたち》という譬《たと》えの通り、実に花を欺くほどの美くしい姿で、にやりと笑い顔をしながら物数《ものかず》云わず、
美「よくお出でなさいました」
旦「今広小路で師匠に会ったからちょいとお母さんにお近附《ちかづき》に成ろうと思って来たのさ」
三「美代吉さん、何うも私の方は慾でげすが、旦那の方は御厄介になって余り感心しないが、それを一緒に往《ゆ》くと仰しゃるのでお供をして此方《こちら》へ来たのてえのは、其処《そこ》に種々《いろ/\》御親切な話が有るんで、本当に後《あと》でお聞《きか》せ申したい事が有るんでげすぜ」
美「それはほんとに嬉しい事ねえ」
婆「今お土産を戴いたよ」
美「毎度有難う存じます」
三「何か旦那の召上り物を何うかお早く」
婆「此処らでは鳥八十《とりやそ》さんが早いから、彼処《あすこ》へ往って何か照り焼か何かで、御飯《ごはん》を上るのだから色取をして然う云って来なよ、宜《よ》いかえ、御飯は家《うち》のは冷たいから暖《あった》かいのを三人前に、お香物《こう/\》の好《い》いのを持って来るように然う云ってくんな、あれさ家のは臭くていけないから、これさ人のいう事を宜く聞きなよ、それからお菓子を、なに落雁じゃアないよ、お客様だから蒸菓子の好いのを」
 と下女に云附け、誂《あつら》え物の来る内、何か有物《ありもの》でちょいとお酒が出ました。この奧州屋の新助《しんすけ》は一体お世辞の善《よ》い人で、芸者や何かを喜ばせるのが嗜《す》きな人だから、何か褒めようと思って方々《ほう/″\》見廻したが、何も有りません。三尺の壁床《かべどこ》に客の書いたものが余り宜い手では無く、春風春水一時来《しゅんぷうしゅんすいいちじにきたる》と書いてあり、紙仕立《かみじたて》の表装で一|幅《ぷく》掛けてありますが、余り感心致しません。其の傍《そば》の欄間に石版画の額
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