が掛けてありますが、葡萄《ぶどう》に木鼠《きねずみ》の画《え》で何も面白い物がありません、何か有ったら褒めよう/\と思って床の間の前を見た処が古銅《こどう》の置物というわけでもなし、浅草の中見世《なかみせ》で買って来たお多福の人形が飾って有り、唐戸《からど》を開けると、印度物《いんどもの》の観世音《かんのん》の像に青磁の香炉があるというのでなし、摩利支天様の御影《みえい》が掛けて有り、此方《こっち》には金比羅様のお礼お狸さま、招き猫なぞが飾って有るので、何も褒めようが有りませんから、二枚|折《おり》の屏風の張交《はりまぜ》を褒めようと思って見ると、團十郎《だんじゅうろう》の摺物《すりもの》や会の散《ちら》しが張付けて有る中に、たった一枚肉筆の短冊《たんざく》が有りましたから、その歌を見ると「背くとも何か怨みん親として教えざりけんことぞ口惜《くや》しき」という歌が書いて有ったのを見て、奧州屋新助は恟《びっく》り致しましたと云うのは、自分が二十四歳の時に放蕩無頼《ほうとうぶらい》で父も呆れ、勘当をすると云った時に、此の短冊を書いて僕に渡し、汝《おのれ》の様な親に背いた放蕩無頼の奴は無いが決して貴様を怨みん、己《おれ》の教えが悪いによって左様な道楽の者に成ったのだ、此の短冊は己《わ》が形見で有るから、是を持って何処《どこ》へでも往《い》けと云って、流石《さすが》の父も涙を含んで私《わし》の手に渡した時に、若気《わかげ》の至りとは云いながら手にだに受けず、机の上に置去りにし、家《うち》を出た此の短冊が何うして茲《こゝ》に有ったかと、余り思い掛ない事だから驚いたが、素知らぬ体《てい》で、
旦「美代ちゃん、屏風に張って有るあの短冊は何処から貰ったのかえ」
美「なに、あれはいけないのですよ、張交《はりまぜ》が足りないから何でも安どんが出せと云いましたから、反古《ほご》の中に皺くちゃになって居たのですが、あれは私《わちき》のお父《とっ》さんが書きましたので」
旦「え…お前《めえ》のお父さんが……何かえお前《まえ》のお父さんは会津様の御家来で、松山久馬《まつやまきゅうま》様と云って七百石取ったお方だろうね」
美「あれまア旦那何うして私《わちき》の親父《おやじ》を御存じなの」
旦「いえなに……わしは若い時分から歌俳諧が好きであったが、風流の道というものは長崎の果《はて》の先生でも、奥州の人とも手紙の遣り取りをして交際《つきあい》をするものだがね、久馬様はおなくなりになって、惣領のお兄《あに》いさまは上野の戦争で討死《うちじに》をなすったということを聞いたが、お母さんは未だ御存生《ごぞんしょう》かえ」
美「何もかも旦那はよく御存じですが、私《わちき》は母と一緒に上野の先の箕《み》の輪《わ》という処へ参りましたは、前々《ぜん/\》勤めていた家来の家《うち》で有りますから、そこへ往って暫く厄介になって居ます内に、母が煩《わずら》い付きましたが、長煩い故病院へ入れる事も出来ませんようになったので、仕方なく私はこんな処へ這入りましたが、その甲斐もなく一昨年《おとゝし》の十一月なくなりましたよ」
旦「え、おかくれかい、それじゃアまアお母さんを救うためにお前は芸者になって、云いつけもしない世辞をお客に云って居るのだろうが、宜くまア親のために苦労をして居るねえ」
美「はい、私《わちき》は外《ほか》に親戚《みより》頼りも有りませんが、只《たっ》た一人|仲《なか》の兄のある事を聞いて居ましたが、若い時分道楽で、私が生れて間もなく勘当になって家出をしましたそうですが、随分気性な人ゆえ戦争《いくさ》にでも出て討死もしかねない気性ですから、大方死んでゞもしまったろうと常々|母親《おふくろ》が申して居りましたが、その兄さえ達者なれば会う事も有りましょうが、尤《もっと》も小さい時に分れたのでございますから、途中で会っても顔は知れませんけれども、何卒《どうぞ》して生きて居るなら、その兄に会いたいと思いまして弁天様へ願掛《がんがけ》を致して居りますけれども、いまだに知れませんから、本当に私は独りぼっちでございます」
旦「然うかえ、お前が生れて間もなく分れた兄《にい》さんだから、顔形も知れまいが親身の兄と思えばこそ然うやって神信心《かみしんじん》をして会いたいと願掛までして居ればこそ、ふといやなに…屹度《きっと》会うような事になるに違いないが、その事を兄《あに》さんが聞いたら嘸《さぞ》悦ぶだろう、然うかえ……どう云うわけだか松源へ初めてお前を呼んだ時から、何となく私《わし》の子のように思われて可愛いと思ったが、妙なものさね」
三「へえ美代ちゃんは久馬様のお嬢さんなんでげすか、道理で初めから久馬様の相が有りましたよ、何かその遊ばせ言葉などの所は違《ち》げえねえ、成程七百石のお嬢さまな
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