装《なり》に拵え、旧九月四日の事でございましたが、南部《なんぶ》の藍《あい》の万筋《まんすじ》の下へ、琉球《りゅうきゅう》の変り飛白《がすり》の下著《したぎ》、まだ其の頃は余り兵児帯《へこおび》は締めません時分だから、茶献上《ちゃけんじょう》の帯を締め、象牙《ぞうげ》へ四君子の彫《ほ》ってある烟管筒《きせるづつ》が流行《はや》ったもので、烟草入《たばこい》れは黒桟《くろざん》に金の時代の宜《い》い金物を打ち、少し色は赤過ぎるが、珊瑚の六分半もある緒締《おじめ》で、表付ののめりの駒下駄、海虎《らっこ》の耳付の帽子《しゃっぽ》が其の頃流行ったものゆえ、これを冠《かぶ》り上野の広小路を通り掛ると、大茂《だいも》の家《うち》から出て来ましたのは、其の頃|数寄屋町《すきやちょう》にいた清元三八《きよもとさんぱち》という幇間《たいこもち》でございますが、幇間にも種々《いろ/\》有りまして、野幇間《のだいこ》もあれば吉原の大幇間《おおだいこ》もあります、町の幇間《たいこ》でも一寸《ちょっと》品の宜《よ》いのもあれば、がら/\致して、突然《いきなり》人の処《とこ》へ飛込《とびこ》[#ルビの「とびこ」は底本では「とじこ」]んで硝子戸へ衝突《ぶツ》かり、障子を打毀《うちこわ》すなどという乱暴なのもありますが、この三八は誠に人の善《よ》い親切な男で、真実《まめ》に世話をするので人に可愛がられますけれども、芸は余り宜くは有りません。四入青梅《よついりおうめ》の小さい紋の付きました羽織を着て、茶献上の帯を締め、ずか/\と飛出《とびで》て来て、三橋《みはし》の角で出会いました。
旦「おい師匠々々」
三「これは旦那………何方《どちら》へ」
旦「此処《こゝ》で君に遇《あ》おうとは思いきやだ」
三「先達《せんだっ》ては誠に有難う、あの時旦那がお帰りになったのを知らないで、御酒《ごしゅ》を戴き過して、気を許して寝てしまい、お帰りになった後《あと》で目が覚めて驚きましたが、二度目にお目にかゝった時、寝たの寝の字もおっしゃらないなぞてえのは、実に貴方《あなた》のような苦労をなすったお方は沢山《たんと》無《ね》えって、蔭でのろけて居りますんで」
旦「君に惚《ほれ》られちゃア有難てえフヽヽ」
三「からかっちゃアいけませんが、何方へ入らっしゃいました、此の間お宅《うち》へお寄り申そうと思いまして参ると、番頭さんが何とか云いましたっけ、治平《じへい》[#ルビの「じへい」は底本では「じへん」]さんかえ、武骨真面目なお方で、※[#「口+云」、第3水準1−14−87]《うん》とお店に坐っている様子てえものは、実に山が押出《おしだ》したような姿で、何となく気がつまりましたから、裏口から這入ってお内儀《かみ》さんにお目通りを致しましたが、坊ちゃんは大層大きくお成《な》んなさいましたな」
旦「彼《あれ》は坊じゃない嬢だよ」
三「へえお嬢さんでげすか、そう仰しゃれば何処かお優しい品の宜《よ》いところが有りましたよ」
旦「何うも君は押付けたような事をいうのが面白い……君に出会ってこのまゝ別れるのは戦争《いくさ》の法には無《ね》えようだから、何《どう》だえ何処かでお飯《まんま》を喰《た》べてえが付合わねえか」
三「これは恐れ入りやすな、私《わたくし》の腹の空《へ》った顔が貴方にちゃんと解るなんてえのは驚きやしたなア、何うか頂戴致したいもので」
旦「君何処へ往ったのだえ」
三「なに少し大茂へちょいと」
旦「周旋かえ」
三「いえ然《そ》うじゃア無いんですが、方々へ種々《いろん》な会がありますと、ビラなんぞを誂《あつら》えられてるんでげすが、御飯《ごはん》を召上るてえなら是非此処じゃア松源《まつげん》さんでげしょう」
旦「松源てえば彼処《あすこ》で五六|度《たび》呼んだ小《こ》しめだのおいとだのと云う好《い》い芸者の中《うち》で、年若の何とか云ったッけ、美代《みよ》ちゃんかえ」
三「えゝ美代ちゃん、へえ美代吉《みよきち》」
旦「彼《あれ》は好い娘《こ》だね、品が有って実にお嬢さん然として居るね」
三「成程|彼《あれ》は旦那のお気に入りましょうよ、旦那は種々《いろん》な真似をなすって諸方で食散《くいちら》かして居らっしゃるから、却《かえ》ってあんなうぶなお嬢さん筋で無くちゃアいけますまい、彼は極《ごく》温順《おとなし》くって宜うございますから、お浮《うか》れなすっちゃアどうです」
旦「君は直《すぐ》に然《そ》う取持口《とりもちぐち》をいうから困るよ、併《しか》し色気は余所《よそ》にして何となく何うも己《おれ》は彼《あれ》が慕《した》わしいね」
三「美代ちゃんも然ういって居ますよ、美代ちゃんも旦那の事ばかり蔭で褒めてまして、あんな好《よ》い旦那は無い、あの旦那に会うと何となく心嬉しいてッてます」
旦「
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