して居りました、大層お似合いなすったこと、この丸髷は矢張《やっぱり》彼方《あちら》の方にも芸者|衆《しゅ》や何かが居ますから、髪結《かみい》さんも上手だと見えて大層|宜《い》い恰好《かっこう》に出来ました事、いゝ事ね、何て………まだ島田が惜しいようですね、はゝゝ却《かえ》って凛々《りゝ》しくてね、丸髷の方が宜しゅうございますよ、私《わたし》はいえ最う(盃を受け)有難う、たんとは頂けません……これから私が参って茶椀蒸を拵えますから」
庄「誠に御馳走様で」
 これから頻《しき》りにお酒を飲んで車夫《くるまや》の方にも酒が一本附きましたる事にて、車夫も好《い》い機嫌になって、
車夫「へい旦那様有難う」
庄「あゝお前《めえ》も草鞋《わらじ》で此処へかけるがいゝ、其方《そっち》へ踏込まんように」
車夫「えゝ御新造様有難う、何うも閑で仕様のねえ処《とこ》へ言値《いいね》で乗っておくんなすって、おまけにお酒やなんかア、まアおいしい物で御飯《ごぜん》を頂くなんてえ、こんな間の好い事はねえ、ゲーッ………有難うございます………御新造様アお何歳《いくつ》でごぜいすか、お綺麗でおいでなさるなア何うも……御紋付がすっかりお似合いなさいますな……御新造様の御紋はお珍らしい、こりゃア何だろう、へえ宜《よ》い御紋ですな、是は三蓋松《さんがいまつ》てえので、余《あんま》り付けません、俳優《やくしゃ》の尾張屋《おわりや》の紋でげすなア」
美代「フヽヽ(笑)野暮な紋だから屋敷や何かでなけりゃア附けない紋で」
車夫「旦那さんの御紋は………花菱だけれども、実《み》の花菱で是も余《あんま》り人が付けねえ御紋で………えゝえ妙な事があるもんだ、斯う紋がぴったり揃ってるのは不思議だなア………えゝ旦那え、これは(煙草入を懐より出し)実は洋服持の煙草入でげすが、黒桟《くろざん》で一寸《ちょいと》袂持《たもともち》の間に此の鉈豆《なたまめ》の煙管《きせる》が這入って、泥だらけになって居るのを拾ったんで、掃除をして私が大切に持って居りますが、実は私《わたくし》どもの持つ物ではございませんから、質屋の番頭だって蔑《けな》しやがッて、私《わたし》どもに有っちゃア仕方がねえ、煙管が何うも実に旦那不思議なんで、私にゃア分らねえが、銀だって云いやすが、この紋がねえ、三蓋松に実の花菱が、そっくり象嵌《ぞうがん》で出て居るってんだ、こいつア妙じゃアございませんか、これが突込《つっこ》んだ儘《なり》で有るんでがすが、悉《そっ》くりお両方《ふたかた》の紋が比翼に付いて居るてえのは何うも妙で、一寸《ちょっと》これは何うです旦那……」
 手に取り上げて庄三郎が恟《びっく》りいたした。まだ是は美代吉には話をせずに自分の心の中《うち》の惚気《のろけ》に、美代吉の紋と吾が紋を比翼に附けて誂《あつら》えた鉈豆の煙管、去年の九月四日の夜《よ》、妻恋坂の下で、これは慌てゝ取り落したものだが、何うして此の車夫《くるまや》が持って居るかとぎっくり胸に応《こた》えましたが、側にお美代が居るから、
庄「お美代お前《まえ》と己の紋が有る、似た紋も有るが不思議じゃアねえか、不思議じゃアねえかよ、えゝ悉《そっ》くり二人の紋が付いてるとは是りゃア不思議じゃアねえか」
美「誰の」
庄「誰のだか分らねえ……車夫《くるまや》さんお前《めえ》がそれを持とうというのか」
車夫「わっちが持って居たって仕様がねえんでがすが、あなた紋が悉《そっ》くり附着《くッつ》いて居やすが、お廉《やす》く何うか廉くお買いなすって下さりア有難てえんですがな、わっちが質屋なんぞに持って往《ゆ》きますと手数が掛っていけませんや、そっくり貴方の御定紋《ごじょもん》だから持って入らっしゃりゃア私《わっち》が是を拾ったとも云いやせんが」
庄「買っても宜《い》いけれども幾許《いくら》で売ろうてえのだ」
車「こんな物で、幾許でも宜うがす、まア人に聞いた処の価値《ねうち》は五十両が物は有るってえので」
庄「なにが、冗談いっちゃアいけねえ、無垢《むく》の煙管の誂えで、何《ど》んなにしたって、何う目方が附いたって五十両なら出来るじゃアねえか、こればかりの鉈豆の煙管を五十円遣って買う奴が」
車「たゞの煙管とは違うんで、紋がちゃアんと御新造様の紋とあなたの紋と比翼に付いて居るとこがこいつの価値《ねうち》だ、はゝア誂れえりゃア出来るが、わっちが持って居るといけねえものだ、持って居れば拠《よんどこ》ろなく訴えなければならねえ、去年の九月四日の晩、妻恋坂下の建部…………サだからって」
庄「む……なに」
車「拾った処《とこ》を云わなければならないが、御迷惑が掛っちゃア済まねえから、売りてえのを我慢して、何うか御当人にお渡し申してえと思って、今まで腹掛の隠《かくし》に突込《つッこ》んでいた所が、何
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