向けて、お寺には縁類の者であると云って附届《つけとゞけ》を致し、出て来ますると、ぽつうり/\と秋の空の変り易く降り出して来ました。
庄「困ったな降って来たよ、何処かへ往ってお飯《まんま》でも食べて雨を止《や》めようじゃア無いか」
美「出る時は降るだろうと思ったから、蝙蝠傘《こうもりがさ》だけは持って来たが、沢山《たんと》の降りも有りますまいか」
と夫婦で車坂の四ツ辻まで来ますと、後《あと》から汚ない車夫《くるまや》が、
車夫「えゝ若《も》し旦那え、帰り車でございますから、お安くお幾許《いくら》でも宜《い》いんですが……へい何方《どちら》で、日本橋の方へお帰りですか、日本橋なれば、私《わたし》も彼方《あっち》の方へ帰るんですが何方なんですか、四ツ谷の方に、へえ私《わたくし》も牛込の方へ帰りでげすが」
何処へ帰り車だか分らない。
庄「まア宜《い》い、車が汚いから、あゝ大変に降って来た」
美「私《わちき》は久振《ひさしぶり》ですから長者町《ちょうじゃまち》の福寿庵《ふくじゅあん》へ往っておらいさんに逢って、義理をして往《ゆ》きたいんですが、帰りに他家《ほか》へ寄ってお飯《まんま》を食べるなら、福寿庵へ往《い》って遣っておくんなさいよ」
庄「あゝお前の世話になった以前《もと》の御用達の福田か」
美「あの旦那は大層立派に暮しをなさったそうだが、今では御亭主が料理屋を」
庄「おい/\若衆《わけいし》さん、あの長者町の福寿庵という汁粉屋な、彼処《あすこ》でお飯を食べて、それから蠣殻町へ帰るんだが、少しの間待ってるようなら御飯《おまんま》ぐらい食わしてやるが」
車夫「えゝ何うも有難うございます、まるっきり今日は溢《あぶ》れちまって、空《から》ア挽《ひ》いて帰るかと思っていた処で、何うか幾許《いくら》待っても宜しゅうございます、閑でげすから、お合乗《あいのり》でへい、少し(空をながめる)なんでげすが大した降《ふり》も有りますまいから、幌は掛けますまい」
フラン毛布《けっと》を前に押附けて、これから福寿庵の前に車を下《おろ》します。車から出て板橋を渡って這入りますと、奥に庭が有りまして、あの庭は余程|手広《てびろ》で有りまして、泉水《せんすい》がございます。その向うに離れ座敷が所々に有りまして、客をしますので、馴染のことでございますから。
妻「まア/\美代ちゃん誠にまア久しく、いつもお噂ばっかりして居たの、好《よ》く………おやそうお寺参り………私もね一寸お尋ね申したいと思っても、御存じの通り一人体《ひとりからだ》で、皆《みん》な私にばかり押附けてあるもんだから、私は何処《どっこ》にも出ることが出来ないの………じゃアね奥の六畳の方へ(下女の方をふり向きて)もうお帰りになったろう………汚れて居るか………あゝ、じゃ縁側附の方が宜かろう、あの八畳の方へ御案内申しな」
婢「じゃア此方《こちら》へ入らっしゃいまし」
と婢《おんな》の案内でもって八畳の間に通ります。
庄「何が有る」
と云うと相変らず、
婢「小田巻蒸《おだまきむし》に玉子焼、お刺身が出来て塩焼が有ります」
庄「たんとは飲めない口だが一本|燗《つ》けてくれ」
と云う中《うち》に懐かしいから女房が取巻きに出て来た。
妻「まことにまア御無沙汰………好《よ》くねえ」
美代「私も誠に御無沙汰いたしました」
妻「好《よ》いことね、此の間も稻《いね》ちゃんだの小しめさんも来てね、噂たら/″\さ、心掛けの善《い》い人というものは、まア誠に妙なものだ、美代ちゃんのくらい運のいゝ人は無い、世にはとんだ者に騙《だま》されて、いくらも苛《ひど》いめに遭《あ》うものが多いのに、自分の思う所に請出《うけだ》されて行って御新造《ごしんぞ》に成ると云う、そんな結構な事は何うも誠にねえ、おや是《こり》ゃア御免なさいましよ、始めておほゝゝゝ私《わたし》アまア浮《うっ》かりとして、只お懐かしいので美代ちゃんの事ばかり………藤川様とか……誠にね、予《かね》てお噂には伺って居りましたが……そうでございましたか、遂《つい》ね、心安立《こゝろやすだて》にもうね、まア美代ちゃん/\と言慣《いいつ》けて居るもんですから御新造様の事をホヽヽ、私《わたくし》はがら/\して居りまして、そうでございましたか………何うもお二人様ともお雛様を一対|列《なら》べたようで………御緩《ごゆっ》くりなすって、今旦那が帰って来ますと自分で手料理が出来ますが、生憎《あいにく》居ないから、まア緩くり遊んで居て下さいな、生憎降って来ましたが大した降りも有りますまいけれども、まア、それに此の間ね新藏《しんぞう》さんがお出でなすったが、その折あなたがお店に坐って居たって、元が元だから商人《あきんど》の店にでも官員でも何処へ出しても本当に上品のお内儀さんだってお噂致
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