らお金が四百でも五百でも出来て………そうなればねえ」
三「旦那さんの前で急に機嫌が直ったりしちゃア私まで一寸|面顔赤《かおあか》になるが、まアお芽出度《めでと》うごす、美代ちゃんがお喜びは何のくらいでげしょうか、実は何うも思う男とは添わせたいので」
婆「本当に私《わたし》も嬉しいから美代吉もさぞ喜ぶでございましょう……、私《わちき》は斯うなるとね吾が子のような心持がして……お兼やお茶を入れな、ホヽヽヽヽそうして宜《い》いお菓子を取って来な」
 と婆《ばゝあ》は直《すぐ》に機嫌が変りました。是から庄三郎は忽《たちま》ち四百円で身請をして連れて帰る。強飯《こわめし》を云附けて遣り、箱屋や何かにも目立たんように仕着《しきせ》は出しませんけれども、相応の祝儀を遣りまして、美代吉を引取ってまいる。これから母も得心だから蠣殻町へ店を借受けまして、駿府から葉茶を引いて、慣れん事だが又慣れた者が附きまして、活計も何うやら斯うやら容易に立ちまするようの事に成った。親族も善《よ》い縁類も有るから少し足りないからと云えば是れへ往って才覚も出来る、女房も持ってるから融通も附きますと云うので、仲好《なかよ》く其の年も経ちまして、翌年九月までと云うものは極《ごく》愉快にして暮していたが、唯《たゞ》心に絶えぬのは新助の事です。兄新助のお金で私《わし》は斯うやって身請をして、思う女と夫婦に成ったが、美代吉は知らずに居る事の気の毒さよ。ちょうど四日が命日だというので、毎月四日の日には自分で香花《こうはな》を手向《たむ》け、仏壇に向って位牌は無いけれども、心の中《うち》で回向《えこう》して居る。九月四日は最《も》う一周忌の命日でございますゆえ、
庄「おいお美代」
美「はい」
庄「今日はお茶の御飯《ごぜん》を炊かないか」
美「お茶の御飯は私ゃ嫌《きらい》、赤のお飯《まんま》をお炊きなさいな」
庄「まア今日はお前《めえ》を贔屓にしてくれた美土代町の奧州屋さんの丁度一周忌の命日で、此の間美土代町を通ったら彼処《あすこ》の家《うち》は変ってしまって今は乾物屋になった、此処に洋物屋《とうぶつや》が有ったのだと思うと、余《あんま》り善《い》い心持のものでも無い、おいらも一度でも遇《あ》ったのだから、志だから水菓子でも取って仏壇へお茶でも」
美「きまりだよ、お前さんは奧州屋さんのことをおかアしく云うけれども、私《わちき》が何も奧州屋さんと交情《わけ》でも有りはしまいし、あの旦那だって私を色恋で何う斯うという訳ではなし、何かお父《とっ》さんと歌のことで仲好くして、世話にも成った事があるから、身請をして遣ろうと云った時に、お婆さんが彼《あ》んな事を云ったもんだから、お前さんも訝《おか》しく思いなさるんだが、私《わたし》ゃ本当に奧州屋さんばかりは何にもいやらしいことは無いの」
庄「いやさ、いやらしい事が有る無しじゃアない、たとえ何もなくても一度でも呼ばれたお客が死んだと云えば、その命日には線香の一本ぐらい上げるのは、たとえ芸者でも其処《そこ》が人情じゃアないか、今日は両人《ふたり》で彼《あ》の人のお寺詣りをして遣ろうじゃアないか、広徳寺《こうとくじ》へ往って」
美「広徳寺というのは彼の人のお寺、あんた能《よ》く御存じで、何うして知って居るの」
庄「なゝなに此の間|他《わき》で聞いたのだ、一寸志だから」
美「厭《いや》だアね、人…たった五六|度《たび》呼ばれたお客の死んだ度《たんび》にお寺詣りするくらいなら、毎日お墓詣りをして居なければなりやアしない詰らないじゃアないか、お止しなさいな」
庄「お前《めえ》のお母さんのお墓参りをして、帰りに上野の彰義隊《しょうぎたい》のお墓参りをして、それから奧州屋さんのお墓参りに、遊びながら彼方《あっち》の方へぶら/\と一緒に往《い》きな、菊時分だから人が出るよ」
美「まだ大変菊には早いじゃアないか」
庄「今日は紋付だよ」
美「いやだよウ一寸何だねえ」
庄「そうでないて事よ、往《い》きなよ、お前《めえ》もお母様《っかさん》のお墓参りに往くのなら、紋付の着物であらたまって、香花を手向るのが当前《あたりまえ》じゃねえか」
 と無理に紋付にさせるのも庄三郎心有っての事です。此方《こちら》のお美代はそんな事は知りませんが、亭主の云う事|故《ゆえ》仕方なく紋付を着て。此の節は滅多に着ることが有りません、久しぶりで紋付を着て上等帯を締め、大きな丸髷になでつけまして、華美《はで》な若粧《わかづくり》、何うしても葉茶屋のお内儀《かみ》さんにいたしては少し華美な拵《こしら》え、それに垢抜けて居るから一寸表へ出ても目立ちます。これよりぶら/\遊歩を致して母の墓参りをして、上野を抜けて広小路《ひろこうじ》へ参り、万円山《まんえんざん》広徳寺に来て奧州屋新助のお墓へ香花を手
前へ 次へ
全29ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング