押掛《おしかけ》のお座敷に往っても御祝儀は下さいませんから誠に困りますよ、お歳暮《せいぼ》の時なんぞは御祝儀処か、おやお出でかえ誠に取込んで居るからと云うんで、無しさ、幇間《たいこもち》なんどは暮はいけませんなア、来春《くるはる》を待つのですが、お母さんなんぞは土用が来ても歳暮が来ても福々しいね」
婆「何うして大違《おおちがい》さ、それに彼《あ》の奧州屋の旦那がね、ソレあの時お前も落合って身請ってえから少し苦しい処だから丁度|好《い》い塩梅だと極りがついて、明後日《あさって》は身請というから当《あて》にして、私もその支度もし、別に抱えも仕たいと思うからそれに当箝《あては》め、借金も返す約束に成っている処が、ぽかりと外れてしまった実に困ったのサ、だがね何うしてあの方があんな死様《しによう》を為すったろう」
三「解らないよ、泥濘《ぬかるみ》へ踏込んでも、どっこい悪い処へ来たと後《あと》へ身体を引いて、一方《かた/\》の足は汚さねえと云う方だが」
婆「それが何うも腹を切るなんてえのは」
三「なに矢張《やっぱ》り洋物屋《とうぶつや》の旦那様でも、元が士族|様《さん》の果《はて》で、何かで行詰った事が有って、義理堅い方だから義が立《たゝ》ないとか何《なん》とか云う所からプイと遣ったか、それとも人にねえお前さん好《い》い年をして芸者の身請を致して、女房子の有る身分《からだ》で了簡方《りょうけんがた》が違おうとか何とか野暮な小言を云った奴が有って、色に溺れるのじゃアない、美代吉の身請を致して、好《よ》い亭主を持たせるのだと言っても聞かないで、悪い喧嘩でもしてそう思われたが口惜しいとか何《なん》かでプイと腹ア切る気になったのかも知れない、それとも腹ア切るのは容易の事じゃア無《ね》え、善々《よく/\》思切《おもいき》ったのであろう、それとも無理な才覚をなすって美土代町のお宅でも悪借金《わるじゃっきん》………でもありゃアしないかと思われますねえ」
婆「是が為に外れて私《わちき》は誠に困って居るが、美代吉は身請が外れて嬉しいと云うような顔をしているのが腹が立ちますわね、此の頃美代吉は外れてから元気が出たよ、あゝいう分らない阿魔っちょだから実に私は途方にくれるんだよ、この暮は本当に困りますよ」
と噂をして居るところへ藤川庄三郎門口へ立ちました。装《なり》は南部の藍万《あいまん》の小袖に、黄八丈の下着に茶献上の帯に黒羽二重の羽織で、至極まじめのこしらえでございまして、障子戸の外から、
庄「御免……美代ちゃん宅《うち》かえ」
婆「はいお兼《かね》や、誰か来たから鳥渡《ちょっと》往って見な…表へ誰方《どなた》かお出でなすったよ」
兼「はい」
女中が駈け出して障子をがらりと開けると庄三郎。
兼「おや入っしゃい」
庄「まことに御無沙汰(挨拶をしながら)美代ちゃんは」
兼「今|何《なん》でございます、一寸《ちょっと》お約束で出ました」
庄「お母さんは」
兼「お母さんは居りますからまアお上り遊ばせ」
庄「はい御免なさい」
婆「おい一寸兼や、何だよ、気の利かない女《こ》だよ、藤川さんだよ、無闇に上げちゃアいけねえなア………この節は何うもいけない、余程《よっぽど》いけねえ、様子の悪い、それを無闇に上げてさ、居ないと云えば宜《い》いに何だね………最う上ってお出でなすったアね……さア(急に笑い顔)此方《こっち》へお出でなさい」
庄「お母《っかあ》まことに御無沙汰、一寸来なくちゃアならんのだけれども、駿府の方から親戚の者が出て来て居るもんだに依《よ》ってな何や彼《か》やと取紛《とりまぎ》れて、何うか僕も親族の者が、遊んで居てもいけないからと云うので、今度商法をね……当節は兎角商法|流行《ばやり》で、遠州の方から葉茶《はぢゃ》を送ってくれると云うので、蠣殻町《かきがらちょう》に空家《あきや》が有ったもんだから、それを借りて漸《ようや》く葉茶屋を開店することに極りがやっとついたんで、お馴染には成ってるしするから、悪い耳と違って善《よ》い事をお聞《きか》せ申したいと思ってね………参ったが、何時もお変りございませんで、次第に月迫《げっぱく》に」
婆「まことに押詰りましてさぞお忙がしゅう……おゝそれは結構でございますねえ、大分《だいぶ》皆さんが御商法をなさいますが、仰しゃるお茶屋だの料理屋しるこ屋色々な事をしても、素人で真似をしたのは何うも長持のないもんですね、慣れない事てえものはいけませんよ、士族さん方の御商法は何うも外れ易いものでございますから、貴方も一生懸命にねえ……まア御勉強なすってお遣んなさりア宜しゅうございましょう、生憎《あいにく》美代吉は居りませんで」
三八「これは何うも暫く………先達《せんだっ》ては失敬をいたしました、今という只今貴方のお噂たら/\ヘヽヽ」
庄「い
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