又三十両お上げなすった、もう是切り参りませんと云っても度々《たび/\》来る、それは内証で私も二両や三両の事なら何うにかして上げたが、何度来ても旦那は会いはしない、お前さんも旦那の顔は知るまいけれども、兄《あに》さんが借りに来た様子だ、沢山《たんと》の事でも有るまいから、時々は些《ちっ》と宛《ずつ》小遣を持たして遣るが宜《よ》いとお前さんが這入って来ると表から外《はず》して出る、貸して遣れと云わんばかりに親切にしておくんなさる旦那の前に対しても、私はお貸し申す訳には往《ゆ》きません、此の盆前に来てお前さん幾許《いくら》持って往ったえ、二十円持って往ったろう………其の時もう来ないと云ったでは無いか、その口の下から直《すぐ》借りに来るとは実に私は呆れてしまった………貸されませんよ」
徳「まことに済まん、貸されなきゃア致し方がない、無いけれども何うも其の日に逐《お》われて飯が食えんという事に成ったから、まことに何うも困る……何うあっても貸されんか」
ふみ「借りに来られた義理じゃア有りませんよ」
徳「義理も道も心得ては居《い》るけれども、何うも一向仕方が無い」
ふみ「貸せたってお前さんには返す方角はなし、お金を遣れば遣る程お酒を飲んで、只怠けてしまうだけの事で、お前さんにお金を上げると態《わざ》と酒を飲ましてよいよいにする様なものだから上げませんよ」
徳「よい/\……最う是切り来ねええゝッぷ、何うぞ、恐入った妹《いもうと》、妹と云っては縁が切れてるから奧州屋新助|殿《どん》のお内儀さんに対して大西徳藏|斯《かく》の如くだ(両手を突き頭を下《さげ》る)矢張是も親の罰《ばち》だ、親の罰だから誠に何うも困る、うむ最う己は縁が切れたから己にすると思ってもいけない、親、親にすると思って……」
ふみ「なにお前さんは親の家《うち》を潰してしまった人だわ」
徳「後生だから」
福「大変大変お内儀さん大変でございます」
ふみ「何だね、仰山な」
福「旦那が腹ア切ったッてえ知らせが………妻恋坂下で旦那が腹ア切って居るって、気が狂《ちが》ったんでしょうか」
ふみ「旦那が妻恋坂下で腹、まア誰か往って見たのか」
これを聞くと徳藏は、
徳「はてな妻恋坂下と云えば昨夜《ゆうべ》乗せた客だが、あれが奧州屋新助では無いか」
と気が附いたから少し酒の酔《えい》が醒《さ》めた。
徳「直ぐに帰るから、些《ちっ》と無くてはいけないから、五両でも三両でも……係り合《あい》の事が有って車を置いて来た」
ふみ「何だよ私の家は取込んでいるよ困るね、是でも持って往っておくれ」
と有合わした小遣を遣り、子供を抱いたり負《おぶ》ったり致して、番頭立合で往って見ると、なさけなき死様《しによう》だ、常に落著《おちつ》きまして中々切腹する様な人では無いが、何う云う訳か頓と分らない。拠《よんどころ》なく此の事を訴えますと、検屍|事済《ことずみ》になって死骸を引取りまして、下谷《したや》の広徳寺《こうとくじ》に野辺送りをする事に成りましたが、誰が殺したか頓と知れませんで居りましたが、是が自然に知れて来ると云うは、悪い事は出来んものです。一寸《ちょっと》一息致しまして。
五
えゝお話二つに分れまして、数寄屋町の有松屋のお話でございます。芸者屋の商売などと云うものは、外見《おもて》はずうッと派手に飾って、交際《つきあい》も十分に致し、何処に会が有っても芝居の見物でも、斯ういう店開きが有れば其の様にびらを貼るという様な事でございまして、中々物入の続く商売。殊に暮などは抱子《かゝえッこ》を致して居れば、新しく出《で》の紋附を染めるとか、長襦袢を拵《こしら》えてやるの、小間物から下駄|穿物《はきもの》に至るまで支度を致すというので、大した金の入《い》るものでございます。婆《ばゞあ》は少し借財の有る処で身請というから、先ず是で宜《よ》いと喜んだ甲斐もなく、打って違って奧州屋新助は腹を切って死んだと云うので、ぱったり目的が外れました。是から歳暮《くれ》に成りますると少し不都合で愚痴《ぐず》ばかり云っている処へ、幇間《たいこもち》の三八、
三「お母《っか》さん今日《こんち》は」
婆「おやお這入んなさいまし」
三「押詰りまして」
婆「何うも月迫《げっぱく》に成りました、誠に何うも寒い事ねえ、暮の二十五日だからねえ、時々|忘年《としわすれ》のお座敷なぞが有るかえ」
三「有るにア有るけれども、昔と違って突然《だしぬけ》に目的《あて》が外れたりして極りが無いから困りますのさ」
婆「けれどもお前なぞは気楽で宜《い》いじゃアないか」
三「気楽でも何でも無いのサ、何うも只《たっ》た一人者でも雇婆《やといば》アさんの給金も払うなにが無《ね》えんで、勘定というものは何処にも有るもんでげすが、暮はいけませんねえ、
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