口でげすから」
徳「いや店から上って悪いという次第もないけれども、併しながら何処から上っても五分だ………大層|代物《しろもの》が店に殖えたな」
福「何うもまことに仕入が間に合いませんで」
徳「なんだア、汝《てまえ》なんどは生利《なまぎき》に西洋物を売買《うりかい》いたすからてえんで、鼻の下に髯《ひげ》なんぞを生《はや》して、大層高慢な顔をして居ても、碌になんにも外国人と応接が出来るという訳じゃアあるめえ」
福「そんな事は兎も角も、お内儀さんがお目に懸るってますからお早く」
徳「あゝうい此家《こちら》ア裏ア何処だ……裏ア」
 ぱたり/\と此方《こちら》の羽目に打突《ぶつ》かり、彼方《あちら》の壁に打突かって蝋燭屋の裏に這入り、井戸端で。
徳「此処か、奧州屋の新助の宅《たく》は此処かな」
ふみ「お芳《よし》や、そこ開けて遣っておくれ……此方《こっち》だよ、此方へお這入りなさい……あらまア穢い服装《なり》でマア、またお出でなすったね」
徳「又だア……其の後《のち》は打絶《うちた》えて……御無音《ごぶいん》に……何時も御壮健おかわりも無く……大西徳藏|大悦《たいえつ》奉る」
ふみ「何だね困りますね、朝からお酒を飲んで、お前さんは始終は身体を仕舞いますよ」
徳「何うせ果は中風《よい/\》だ、はゝゝだが酒が一滴も通らなけりア口の利けねえ徳藏だ、予《かね》てお前も知ってる通りのことだ、前々《まえ/\》勤務《つとめ》をしている時分にも宜しく無いから飲むなてえが、飲まんけりア耐《たま》らん、殊更寒い昨夜《ゆうべ》は雨が降り、斯《か》くの如く尾羽打枯《おはうちから》して梶棒に掴《つか》まって歩るいたって、雨で乗手が少ない、寒くって耐らんから酒を飲むと、自然と車の輪代《はだい》がたまって、身代もまわりかねるような事に成って、はゝゝ如何んとも何うも進退|谷《きわ》まってね、誠に済まんけれど金え拾両ばかり貸してくれ」
ふみ「何を……判然《はっきり》仰しゃい」
徳「金を十両拝借致し度《た》いという訳だ」
ふみ「私の処にお金を借りに来られる訳じゃア有りますまい」
徳「訳が有りア謝って来やしねえ、訳が少し無いように成って来たから止むを得ず只誠に重々恐れ入って、拝借を願うというようなマア訳だね」
ふみ「はアお前さんは私とは縁が切れて居ますよ、最う此方《こっち》へ私の籍を送ってしまえば、奧州屋の者でございますから、兄妹《きょうだい》でもお前さんに私がお金を送る訳は有りませんが、今までに二十四|度《たび》お貸し申したよ」
徳「心得て居ります、再度拝借致しました、併《しか》し現在の兄が倒れんとするを救わんというのは何うも道に違って居る、そりゃア縁は切れて居ろうが、血筋は切れん、その何うも兄弟の間柄でもって、他に兄弟の有る訳じゃア無《ね》え……重々悪い此の通り(平伏)此の通り恐れ入って居る」
ふみ「何うぞ、お前さんも峯壽院《ほうじゅいん》様の御用達《ごようたし》では無いか………お前さんは立派な天下の御家人では無いか、お父《とっ》さんが亡くなると蔵宿《くらやど》は借《かり》つくし、拝領物まで残らず売ってしまって、お母《っか》さんもそれを御心配なすって、あの通りお逝去《かくれ》になりました、私より他に兄妹《きょうだい》は無いと仰しゃいましたけれど、大切《だいじ》な兄妹と思って下さるかは知らないが、其の同胞《きょうだい》をお前さんは騙《だま》して横浜に連れてって外国人のらしゃめん[#「らしゃめん」に傍点]に仕ようとした事をお忘れなすったか、私が二十一の時だよ」
徳「まことに何うも重々相済まん」
ふみ「貴方は外国人は汚《けが》らわしい、日本は日の本《もと》だ、神の国だ、外国の人などを入れるなという日光様の教えもあるものを、背いてこんな事をしたからと、自分の惰者《なまけもの》を余所《よそ》にして、毎《いつ》もあんな事ばかり云いながら、その汚れた外国人のところに一人の妹《いもと》をらしゃめん[#「らしゃめん」に傍点]にするとって、私を横浜に置去りにして、五十両の手金を持ってお逃げなすった事をお忘れなすったかよ」
徳「いさゝか覚えて居りますな………重々相済まん、何うも仕方が無《ね》い、借財で仕方が無《ね》えよ、借財でなア」
ふみ「私はお前に置去りにされて、知らない横浜の富田屋《とんだや》さんの家《うち》に泣暮して居ましたよ、処へ富貴楼《ふっきろう》のお内儀さんが一寸《ちょっと》富田屋さんへ用が有ってお出でなすって、何ういう訳だと申しますから、是々だって話をすると、あゝいう気性のおくらさんだから、それはお気の毒だと今の旦那に話をして、私の身体を五十円で買われたようなもの、此所《こゝ》に来て居るといって、縁切りで来たのだよ、お前さん其の他にも家の旦那はあゝいう気性だから、お前さんに別に
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