》の処に蟄息して居たが、遠州《えんしゅう》の親族の者が立帰って来て、何か商法を始めようと思うのだ、それに就いて蠣売町《かきがらちょう》に宜《よ》い家《うち》が有るから、その家を宿賃で借《かり》る積《つもり》で、品は送ってくれると云うから、その家で葉茶屋《はぢゃや》を始める事になったので、実は母親《おふくろ》に打明《ぶちあ》けました、云い難《にく》かったが思い切って、実は斯々《これ/\》の芸妓が有りますが、あれは腹から芸人じゃア無い事は会津藩の斯々という者の娘でと、すっかりお前の身の上を明した処が、そういう身柄の者なら宜しい、何うせ一人嫁を貰わなければならんから、早く儲けて金が出来たら、お前を貰うように約束して置くが宜《い》いとまでの話になったから、お前に悦ばせようと思って来たのさ」
美「それはまア嬉しい事……種々《いろ/\》お話も有りますから、ちょいとお上んなさいよ」
庄「お客かえ」
美「なに私《わちき》のお父さんと心安い人なんで、四五|度《たび》私を呼んでくれた人ですが、宅《うち》のお母さんと近付に成りたいって来てえるんですよ」
 奥から声を掛けまして、
新「何方《どなた》ですか此方《こちら》へお上りなさい、お客でも何でも有りませんよ、親類のもので………おい師匠お前ちょいと彼《あ》のお方を此方《こっち》へ」
三「へえ……先《まず》此方《こちら》へお上りなさいまし、一切親類付合で、今ちょいとお酒が始まった処で、これから美代ちゃんのお兄《あにい》さまになるお方で、へゝゝ何うぞ此方へ入らっしゃいまし…………へえ何うも是は玉柄《たまがら》で、このくらいなステッキは有りませんな、何うも一切違いやすね…………さア此方へ/\」
庄「はい何方も暫く………えーお母《っか》ア誠に御無沙汰をしましたが、少し訳が有って深川の方に引込《ひっこ》んでいたので、存じながら御無沙汰になりましたが、今ちょいと御近辺まで参ったから、お訪ね申しましたが、生憎《あいにく》な処へ来てお邪魔をしました」
婆「えゝお茶を上げな……あなたにも此の娘《こ》が度々《たび/\》御贔屓で呼んでおくれなすった事も有りますが、明後日《あさって》から美代吉は宅《うち》にいませんよ、こゝに入らっしゃいます美土代町の洋物屋《とうぶつや》の旦那様が身請をして下さいますので、こんな子供の様なものでございますけれ共、可愛がって身請して下さり、大金を出して引かして下さるので、貴方のような何《なん》じゃ有りませんが、随分中には風《ふう》の悪いお客が、玉《ぎょく》の五つ六つも附けて祝儀の少しも出すとね、上手《うわて》へでも連出して色男振って、ほんとにあなた然うじゃア有りませんか、私も心配した事も有りますよ、明後日からおいでなすった[#「なすった」は底本では「なすた」]処が婆アばかりで面白くも何とも有りませんよ」
 と云い放たれ、庄三郎顔の色を変え、
庄「むゝ左様《そう》か…」
 と云ったぎり、ぐいと癇癖《かんぺき》に障りました、これが奧州屋新助の大難と相成ります。

        三

 藤川庄三郎は、あれ程深く云い交して置きながら、身請をされるというに今まで一言の言葉もなく、手紙一本送らんで、無沙汰に身請をされるというは不実な女だと思いますと、そこは旗下の若様だけ腹に据兼《すえか》ね、ぐいと込上げて来ると額《ひたえ》に青筋が二本|許《ばか》り出まして、唇がぶる/\震え出し、顔の色を少し変え、息遣いも荒く、
庄「お母《っか》ア、何も然《そ》んなに云わないでも宜《い》い、余《あん》まり久しく無沙汰になったから訪ねたのだが、お客様が入らっしってお邪魔になったら帰りますよ、何も然んなに薄情な事を云わないでも宜い……美代吉お前《めえ》が身請になる事は少しも知らなかったが恐悦だねえ」
美「あれさ身請たって、まだ今話があったばかりで決りもしないのに、あんな事を云って」
庄「なに宜しい、まことに恐悦だ、洋物屋《とうぶつや》だか乾物屋だか知らねえが、誠に結構だ……何方《どなた》も甚だ失敬」
新「まア宜しいじゃアございませんか、お母《っかあ》の云いようが悪いから誰でも怒《おこ》らア、美代吉|種々《いろ/\》是には話の有る事だから、後で私《わし》から話をするから、お前往ってあの方の機嫌を直して帰すが宜《い》い」
美「はい/\」
 とおど/\しながら庄三郎の出かゝる上り口まで参りまして、
美「ちょいと藤川さん」
庄「なぜ出て来た」
美「出て来たって今身請の話が始まったばかりで、何だか訳も解らないのに、あんな事を云って、色でも恋でも有りゃアしませんよ、私《わちき》のお父さんを歌俳諧の交際《つきあい》で知って居るから、身請をして妹分にして、松山の姓を立てさせて遣り度いって今話があったばかりなんですのに、気前《きぜん》を悪くし
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