は別人ではございません、そゝっかしやの鳶頭《とびがしら》勝五郎でげすから、ハッと驚きましたが、まだしも伯父の晋齋でないだけが幾らか心に感じ方が少ないと申すようなものではあるが、何《なん》にいたせ二人とも面目ない始末……とんだところへと赤面の体《てい》で差しうつぶいて居ります。勝五郎も驚きましたね、まさか伊之助が此処《こゝ》へ来ていようとは夢にも思いませんから、暫くはじろり/\二人の様子を見ておりましたが、
 勝「師匠……いやさ伊之さん、まア何うしたんだ……何うして此処に来ているんだ」
 と申して膝を伊之助の方へすゝめますが、何《なん》とも返答をいたす事が出来ないんで……矢ッ張黙ってモジ/\と臀《いしき》ばかりを動かし、まるで猫に紙袋《かんぶくろ》をきせましたように後《あと》ずさりをいたしますんで、勝五郎は弥々《いよ/\》急《せ》きたちまして、
 勝「エ、何うしたんだな、お前《めえ》さんがこんな戯《ふざ》けた真似をしちゃア済むめえが、お前さんばかりじゃねえや、私《わっち》が第一《でえいち》お店《たな》に申訳がねえ、手切金までとって立派に別れておきながら……何《なん》てえこったアな、オイ伊之さん何うしたんだ」
 と今にも掴《つか》みかゝらんとする権幕でげすから、お若さんも恟《びっく》り、黙っていられません。
 若「鳶頭《かしら》、そんなにお云いでないよ、伊之さんが悪いんじゃないから、これというも皆《みん》な私の心からで無理に伊之さんを呼びこんだのだよ、何うした因果か知らないが、何うも伊之さんのことばかりは思い切ることが出来ないんだからね」
 勝「ヘエーお嬢さんから、野郎を引ずり込んだと仰しゃるんでげすか」
 若「お前さんでも貞婦《ていふ》両夫に見《まみ》えずということがあるは知ってるでしょう、私だって左様《そう》だわ、一旦伊之さんとあんな交情《なか》になったんだもの、世間の義理で切れましょうと云ったって、心《しん》から底から切れるなんかッてえ気は微塵もありゃアしないのさ、ひょんなことがあったからね、これでは伊之さんに邂逅《めぐりあ》っても愛想をつかされるだろうと悲しく思ってるを、伯父さんは些《ちっ》とも察してくれず、お嫁にゆけのなんのというじゃないか、私の良人《おっと》は三千世界に伊之さんより外にないんだものお前、仮令《たとえ》嫌われたって愛想をつかされたって、二人の良人は持ちますまいと心に定めてこんな姿になってるんだからね」
 勝「こりゃ驚きやした、手放しの惚気《のろけ》てえのア、じゃア何《なん》ですね、お嬢さんは野郎を引ずり込んだッて好《い》いと仰しゃるんでげすね」
 若「あれまア、引摺りこんだなんて、そんな体《てい》の悪いことをお云いでないよ」
 勝「だって左様《そう》じゃげえせんか……、これが伯父さんに知れたら何うなさる御了簡でげすえ、伊之さんお前《めえ》だって左様じゃねえか、いくらお嬢さんが何《なん》と仰しゃるにしろよ、ノメ/\這入《へえ》りこんでそゝのかすてえことはねえ筈」
 と鉾先は伊之助に向きまする。
 伊「鳶頭《かしら》まことに面目ない……、私もお若さんが尼になっていなさりょうとは思いもかけず、此処《こゝ》らをうろつくうちにお嬢さんが伊之さんかというような訳から、段々と様子をきいて見れば私風情に操《みさお》をたてゝ下さるお志が何うも知らぬと申しにくゝ、鳶頭の前だが誠に申訳のない次第」
 勝「なんだッて、エ、お前《めえ》までが一緒になって惚《のろ》けるてえことがあるもんか、コウ伊之さんよく聞きねえ、私《わっち》アお前さん方の為を思って飛《とん》で来たんだ、今日雨降りで丁度仕事がねえから先生のとこへ来てるとよ、書生さんが此処《こゝ》から帰《けえ》って来て、お若さんのとこには泊客《とまりきゃく》があるらしいと云ったを、先生がきいて、若い女のとこへ泊客たア捨ておかれん、己が直ぐ往って実否《じっぴ》を正して来ると支度をするじゃアねえか、私アまさか伊之さんが来ていようとは思わねえけれど、お嬢さんだってまだ若い身そらだ、若《も》しひょっとどんな虫が咬《かじ》りついたか知れねえと思ったからよ、ナニ旦那がいらっしゃるまでもねえ私が見届けて参《めえ》りますから……来て見ればこれだからね実に恟《びっく》りしたじゃねえか、エ、これが若し旦那に来られて見ねえ何様《どんな》騒ぎになるか知れたもんじゃねえ」
 と云れてお若は忽《たちま》ち震いあがりましたが、態《わざ》と落付きはらって、
 若「鳶頭《かしら》後生だから、伊之さんの来ていることはねえ、私が一生のお頼みだから」
 勝「エヽそりゃア宜《よ》うがすがね、困ッちゃうなア、切れろッて云ったって此の様子じゃアとても駄目だ、これが何時《いつ》までも分らずにいりゃア私《わっち》も知らん顔していや
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