の家《うち》へ来ても口は濡らすもんだわな、そんなに逃げてく事アねえや、己《おい》ら口説《くどき》アしねえからよ」
 女「お鍋さんまアお掛けなさいな、今丁度お煮花《にばな》を入れたとこですから、好いじゃありませんかねえ、お使いが遅いなんかと仰ゃる家《うち》じゃアなしさ、お小言が出りゃア良人《うちのひと》からお詫させまさアね、ホヽヽヽヽ、まア緩《ゆっ》くりお茶でも召上って入《いら》っしゃいってえば、そうですか、未だお使《つかい》がおあんなさるの、それじゃアお止め申しては却って御迷惑、またその中《うち》にお遊びにおいでなさいよ、その時ア御馳走しますからね、左様《さよ》なら何うもおそうそさまで、何うか旦那様へもよろしく、何うも御苦労さまで」
 とお出入先の女中と思えば女房までがチヤホヤ致し、勝五郎は早々支度をしまして根岸へやって参り、高根晋齋の勝手口から小腰をかゞめ、つッと這入ろうとしましたが、突掛草履《つッかけぞうり》でパタ/\と急いで参ったんですから、紺足袋も股引の下の方もカラ真ッ白に塵埃《ほこり》がたかッております。無遠慮《むえんりょ》な男でございますが、この塵埃を見ますとまさかに其の儘にも這入りかねましたと見え、腰にはさんでおります手拭でポン/\とはたき。
 勝「エー、只今はお使を下せえまして」
 婢「鳶頭旦那様がお待ちかねですから、さアお上りなさい、お奥の離座敷《はなれ》に在《いら》っしゃるんですよ」
 とお爨《さん》どんが案内に連れられ、奥へ参りますと、晋齋は四畳半の茶座敷で庭をながめて、勝五郎の参るのを待って入っしゃるところでございますから、
 晋「おゝ鳶頭か、よく早速来てくれたね」
 勝「只今はわざ/\のお使で、直ぐ飛んでめえりやした、ヘイ/\/\、何《なん》か急御用が出来たんでげすか、また伊之の野郎が参《めえ》ったんじゃアげえすめえな」
 晋「ハヽヽヽヽ気の早い男だな、左様《そう》来られて堪るものか、昨日《きのう》お出《いで》のときにお話であった事で、些《ちっ》とお頼み申したいから急に呼びに上げたのだよ」
 勝「ヘイ、じゃ何《なん》ですか、昨日|私《わっち》がお話し仕《し》やした一件……、ヘヽヽヽヽ憚《はゞか》りながら先生、左様《そう》申すと口巾《くちはゞ》ッてえ言草《いいぐさ》でげすが、ごろッちゃらして居アがる野郎の二三人|引摺《ひきず》って来りゃア訳のねえことでさア、宜うごす、明日《あす》アポン/\と打壊《ぶっこわ》しやしょう」
 晋「おい/\お前は何を言ってるんだよ、私《わし》は何処《どこ》も壊してくれなんかッてえ事|言《いい》やしない」
 勝「いけねえや、先生、昨日仰ゃったあの狸の伊之をドーンとお遣《や》んなすったお座敷を毀《こわ》すんでげしょう、あんな事のあったお座敷は居心が良くねえから、ナニ外の仕事は何うでも押ッ付けてえて遣っ付けまさア」
 晋「困るな早呑込みをしては、左様《そう》じゃないのだよ、あの座敷も建直すことは建直すがの、それより先に始末を付けなくてはならないものがあるんだ」
 勝「ヘー、違《ちげ》えましたか、ヘー」
 晋「そら大阪の方で子供を貰おうと仰ゃる方な」
 勝「ウムヽヽヽヽ、違えねえあの一件か、良うがすとも大丈夫《でえじょうぶ》でげす、御心配《ごしんぺえ》なせえますな、ナニ訳アねえや直ぐ」
 晋「まア待ってくんな、其様《そんな》に慌てなくても宜《よ》い」
 おいそれ者の勝五郎が飛出そうとするを引止め、高根の晋齋は懇々《こん/\》と依頼しました。そこで鳶頭も先生様があゝ云って、己《おい》らのようなものにお頼みなさるんだから、早く両児《ふたり》を片付けて上げようと存じまする親切で、直ぐ越佐さんの方へ参りまして斡旋《とりもち》を致すと、先方《さき》でも子供が欲《ほし》いと思ってるところなんでございますから、相談は直ぐに纒《まとま》りまして、お米は越佐の養女に貰われ、夫婦も大層喜び、乳母をかゝえるなど大騒ぎでございます。さてこれで女の方は片付いたがまだ一人いるんで、勝五郎は逢う人ごとに子供はいらねえかと云ってますんで、口の悪い友達なんかは、
 ○「オイ勝ウ、手前《てめえ》な、そんなに子供々々と己達《おれだち》にいうより、好《い》いことがあらア」
 勝「なんだ、誰か貰ってくれるんか……」
 ○「うんにゃア、逆上《のぼせ》ていやがるなア此奴《こいつ》は余っぽど、そんなに荷厄介するならよ、捨《うっち》ゃって仕舞やア一番世話なしだぜ、ハヽヽヽヽ」
 勝「こん畜生《ちきしょう》、手前《てめえ》のような野郎が捨児《すてご》をするんだ、薄情の頭抜《ずぬ》けッてえば」
 ○「勝さん怒《おこ》ったって仕方がねえや、それじゃアお前《めえ》売って歩きねえな、江戸は広《ひれ》えとこだ、買人《かいて》があるかも知れねえ、
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