子供やこども、子供はよろしゅうございッて」
 勝「こいつが又馬鹿を吐《こ》きやがる、最《も》う承知がならねえ、野郎何うするか見アがれッ」
 と拳をふり上げますから、傍《そば》にいるものも笑って見てもいられません。
 △「まア何うしたんだ、勝も余《あん》まり大人気ねえじゃねえか、熊の悪口《わるくち》は知ッてながら、廃《よ》せッてえば、下《くだ》らねえ喧嘩するが外見《みえ》じゃアあるめえ」
 と仲裁をする騒ぎでございます。勝五郎は友達が笑いものになるまでに熱心になって、何うか晋齋の依頼《たのみ》を果そうと心懸けて居りまする。すると深川の森下に大芳《だいよし》と申して、大層巾のきく大工の棟梁がございますが、仲間うちでは芳太郎《よしたろう》と云うものはない。深川の天神様で通っている男で頗《すこぶ》る変人でげす。何事でも芸に秀でて名人上手と云われるものは何うも変人が多いようで、それも決して無理のない訳だろうと思われるんでございます。私《わたくし》どもが浅慮《あさはか》な考えから思って見ますると、早い例《たとえ》が、我々どもでも何か考えごとをして居りますときは、側で他人様《ひとさま》から話を仕掛けられましても精神が外《ほか》へ走《は》せて居りますので、その話が判然《はっきり》聞とれませんと申すようなもの、そこで御挨拶がトンチンカンとなる。そうすると彼奴《あいつ》まだ年も若いに耄碌《もうろく》しやがッたな、若耄碌なんかと仰ゃるような次第でげす。一寸《ちょっと》いたしたことが之《こ》れでございますから、物の上手とか名人とか立てられる人は必ずその技芸に熱心していろ/\の工夫を凝らしているもので、技芸に精神を奪われていますから、他《ほか》の事にはお留守になるがこりゃ当然《あたりまえ》の道理でござりましょうかと存じます。それで物事に茫然《ぼんやり》するように見えるんで、そこで変人様の名も起る訳であろうかと推量もいたされるでげす。大芳棟梁も矢張《やはり》この名人上手の中《うち》に数えらるゝ人ですから、何うも一風流変っておりますが、仕事にかけたら何《ど》んな大工さんが鯱鉾立《しゃちほこだち》して張り合っても叶《かな》いません。今では人呼んで今甚五郎と申す位の腕前でございます。それほどのお人ですから弟子は申すまでもなく多くある。何処《どこ》の棟梁手合でも大芳といえば一|目《もく》も二目もおいているほどで、江戸中の大工さんで此家《こゝ》へ来ないものはない。そんなに持囃《もてはや》されて居りますが大芳さん少しも高慢な顔をしない。どんな叩き大工が来ても、棟梁株のいゝ人達《てあい》が来てもおんなしように扱っているんで、中には勃然《むっ》とする者もありますが、下廻りのものは自分達を丁寧にしてくれる嬉しさからワイ/\囃しています。この人の女房は、柳橋《やなぎばし》で左褄《ひだりづま》とったおしゅん[#「おしゅん」に傍点]という婀娜物《あだもの》ではあるが、今はすっかり世帯染《しょたいじ》みた小意気な姐御《あねご》で、その上心掛の至極いゝ質《たち》で、弟子や出入《ではい》るものに目をかけますから誰も悪くいうものがない。一家まことに睦《むつま》しく暮していますが、子供というものが一人もないにおしゅんは大層淋しがって居《お》るんで、大芳さんも好児《いゝこ》があったら貰って育てるが宜《い》いと云ってる。或日でござります。大芳棟梁の弟子達が寄って頻《しき》りに勝五郎の噂をしているのを姐御のおしゅんがちらりときいて、鳶頭の勝さんなら此家《こちら》へも来る人、そゝっかしい人ではあるが正直な面白い男、そんな人が肩を入れてる子供なら万更なことはあるまいと思いますので、大芳さんに此の事をはなすと、
 大「お前《めえ》が好《い》いと思ったら貰いねえな、何うせ己《おいら》が世話するんじゃねえから」
 と云うんで、おしゅんは直ぐ弟子を勝五郎の家《うち》へ迎えにやる。勝五郎は深川へ来て話をきくと雀躍《こおどり》して喜び、伊之吉もまた大芳のとこへ貰われて来ましたが、実に可愛《かあい》らしい好児《いゝこ》でげすから、おしゅんさんは些《ちっ》とも膝を下《おろ》しません。それ乳の粉《こ》だの水飴だのと云って育てゝ居ります。伊之吉もいつか大芳夫婦に馴染んで片言交りにお話しをするようになって、夫婦はいよ/\可愛くなりますが人情でござります。只《た》だ伊之や/\とから最《も》う[#「最う」は底本では「最も」と誤記]気狂《きちがい》のようで、実の親でもなか/\斯うは参らぬもので、伊之吉はまことに僥倖《しあわせ》ものでげす。高根晋齋は勝五郎の世話で両児《ふたり》を漸《ようよ》う片附けましたから、是れよりお若の身を落付けるようにして遣ろうと心配いたして、彼方此方《あっちこっち》へ縁談を頼んでおきますと、江戸は広い
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