篤《と》くと見極めてもしも変化のものなら、なんの年こそとっていれ狐狸《こり》に誑《たぶら》かされる気遣いはないと、御決心あそばしましたから、
晋「勝五郎、まアそんなに無闇なことをいたしてはなりません、私《わし》に遇いたいと申すなら遇ってやりましょう、つれてお出でなさい」
勝「へー、先生様は狸公にお遇いなされますか」
晋「イヤ狸であろうと狐であろうと、遇いたいと申すものには遇ってやりましょうよ、ぐず/\言わずに伴《つ》れてお出でなさいよ」
勝「へー、伴れて来いと仰しゃいますなら伴れてまいりますがね、若し途中で私《わっち》をばかして蚯蚓《みゝず》のおそばや、肥溜《こいだめ》の行水なんぞつかわされはしますまいか」
晋「馬鹿を云いなさい、人間が心を臍下《さいか》に落付けていさいすれば決して狐狸に誑《ばか》されるものでないから」
と説諭《せつゆ》されましたので、勝五郎は彼《か》の尋ねてまいったお若と伊之助、それに忰《せがれ》の岩次をつれて参りました。高根晋齋は三人の親子を奥へ請《しょう》じて対面に相成りまする。お若と伊之助は頻りに身の淫奔《いたずら》を詫び、何うかこれまでの行いはお許し下さる様にと他事《たじ》はございません。妖怪変化のものは如何によく化けますといっても、必ず耳が動くものだそうにございます。そこは畜生《ちきしょう》の悲しいところで。晋齋老人は何《なん》にも仰しゃらず、ジッと見詰めておいで遊ばすが、三人の人間に少しも怪しいところがない、殊に不思議なのはお若さんで、年配から言葉|音声《おんじょう》、額によりまする小皺まで寸分かわりません、只だかわっているところはお頭髪《つむり》でげす、此家《こゝ》においでになるお若さんは病中でいらっしゃるから、お頭髪なんかにお構いなさらないんで、櫛にくる/\とまいてありますが、今勝五郎のつれて来たお若さんは丸髷に結っていらっしゃる。それとお衣類《なり》にちがったとこがあるばかりでございます。晋齋老人もこの場の様子が不思議に思召す。何うもお若さんが二人になってる理由《わけ》がお解りになりません。成程これでは勝五郎が恟りするも無理でない、乃公《おれ》も八十年から生きて世間のあらゆる事には当って来ているし、随分経験もあるが、こんな訝《おか》しなことはない、根岸で伊之助が二人あったことはあるが、あれは一方が変化のものということの認めがついて、短銃でパチンとやッつけたが、今度のは怪しいところが些《ちっ》ともないから無暗《むやみ》なことは出来ぬ、とじろり/\お若さんを見ては考えていらっしゃる、先刻《さっき》からいくら経っても伯父さんからお言葉が出ないので、
若「伯父さん、私が重々不調法のだんはお詫いたします、何うか御勘弁あそばして、こゝへ伴《つ》れてまいったは岩次と申し、この人と神奈川におりますうち産みました子で、岩次、これがかね/″\お前にも話した根岸の伯父さんッてえので、お前には大伯父さんだから、よく御挨拶をなさい、柄ばかり大きゅうございますが、田舎で育ったんですから行儀も知りませんし、カラ意気地《いくじ》がありませんよ、伯父さん/\」
と申しますから、言葉を交さない訳にはまいりませんので、晋齋老人も一通りの挨拶をよう/\なさいました。それから両人《ふたり》の身の上についていろ/\お聞きなされ、その間は少しでも油断なく御注意あそばしましたが、何うしても狐狸なんかでないようでげすから、ます/\不審であるから、これは病人でいるお若に遇わし二人を並べて置いての詮議より仕方がない、と御決心あそばし、
晋「お若や、ちょいと此処《こゝ》へお出で、伊之助が尋ねてまいったから」
と仰しゃると、一緒に参っているお若さんは平気できいている。只だ莞爾《にっこり》したばかりで不審らしい顔もしません。やがて奥から嬉しそうにして出てまいった病人のお若さん、これもたゞ莞爾いたして伊之助の傍《そば》へぴったり坐り、別に挨拶をするでもなく澄している。おどろきました伊之助、きょろ/\と両人《りょうにん》のお若さんを見まわし呆気にとられる。息子の岩次も俄にお母様《っかさん》が二人出来たのでげすから、これもボーッといたしています。晋齋老人は流石《さすが》に博識な方でげすから、二人のお若さんに目もはなさず御覧になっている。するとお若さんの形こそ両《ふた》つになっておりますが、その様子におきましては両人《ふたり》とも同じことです。一方のお若さんが物を言いかけますれば、言葉は発しませんが一方でも口をムグ/\いたしておる。また一方でお頭髪《つむり》をおかきになれば一方でもお櫛でお頭《つむり》をおかきなさる、そのさまが実に不思議でげす。そう斯ういたして居りますと高根さんの門外で容易ならぬ人ごえがするんで、晋齋老人耳をお立てなされ、
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