縁側へお出《で》遊ばして生垣の外を御覧になると、若い男女《なんにょ》を三四人の男が引立てようといたしている。そのうちに女は何うすり脱《ぬ》けましたかバタ/\と晋齋の邸内へ逃込みました。窮鳥懐にいるときは猟夫も之れを射ずとか申すこともあり、晋齋はもとより慈悲深い方でいらっしゃるから、お内に二人のお若さんが現れてごた/\いたしている中でげすが、何うも見捨《みすて》ておくことがお出来なさらない。直ぐ書生さんにお命じなされ、兎も角もと門外の男もまた男女《ふたり》を引立《ひったて》ようといたす若いものも共にお呼込みに相成りました。さて、段々と様子をおきゝに成りますと、引立《ひきたて》られようと致した男女《ふたり》は品川の和国楼から逃亡した花里と伊之吉でございます。晋齋老人は眉をひそめ、これは怪《け》しからんことである、娼妓などを連れて逃亡するとは怪しからん。伊之吉といえば勝五郎の世話で深川の大芳棟梁のとこへ養子にやったお若の双児《ふたご》であるなと思召しますから、いよ/\恟りなされて左の眼のふちの黒痣《ほくろ》にお眼をお注《つ》けあそばしますと、あり/\正《まさ》にございますので、あゝ困ったものだ、併し不思議のこともある、親知らずに遣った伊之吉が、母のお若がいる家《うち》の前で品川の貸座敷の若いもの等においこまれ、己《おれ》の家へ来るというも因縁であると、何気なく花里の顔を御覧になると、これにも左の眼のふちに黒痣があって男女《なんにょ》差別こそありますが、貌《かお》だちから丈《せい》恰好がよく似ている、これはとまた恟りなさいまして、花里に親の名をお尋ねなさると、大阪で越前屋佐兵衞と申しましたが商業《しょうばい》の失敗で零落いたし、親の為め苦海《くがい》に身を沈めましたと、恥かしそうに物がたりますを晋齋老人とくとお聞きなされ、それではお前さんはお米といいましょうと仰しゃいます、花里も呆れいるところへ、奥の間から二人のお若さんがワッと泣きながら転げ出で、
 若「これ伊之吉やお米、お前の母は私ですよ」
 と意外の言葉に伊之吉とお米もびっくり致し、たゞじろり/\顔をながめるばかりでございます。晋齋老人は目をつぶッていらっしゃいましたが、あゝ怖しいものは因果だ、この親子は何うして斯うも幸ないであろうと、伊之吉お米が双児でありしことをお談《はな》しになってお嘆きあそばす。この両人《ふたり》もこれをきゝますと呆れるばかりで物がいわれません。やがて伊之助も岩次も出てまいり、親子兄弟不思議な邂逅《めぐりあ》いにたゞ/\奇異のおもいでござります。晋齋老人は花里のお米が身に付く借金を和国楼へ償却いたすことに相成り、この一埓《いちらつ》はつきました。さて伊之吉とお米でげすが双児|兄妹《きょうだい》ときゝては、お互いに身を恥じ何うも添遂げることが出来ません。そこが因果で別れることも出来ないところから、この両人《ふたり》はその夜《よ》のうち窃《ひそか》に根岸を脱出《ぬけだ》し、綾瀬川へ身を投げて心中した。死骸が翌朝《よくあさ》千住大橋際へ漂着いたしました。
 こゝに又二人のお若さんでげすが、何うも解らずに其の晩はお休みになった晋齋老人、いろ/\お考えになるとフイと思いあたられましたは離魂病という病で、この病は人間の身体が分身するもので、わかれている間は双方ともに何事もなく生きておれど、その分身した身体が一つ所に集《あつま》るときは二十四|時《とき》のうちに一方の身体は消えてしまい、一方の身体はそのまゝ死ぬものと古い本などに書いてあることを思い出され、いよ/\おどろいてお在《い》でなさると、果して伊之助と一緒に来たお若さんの身体が二十四時たつと見えなくなって、間もなく病人のお若さんの息が絶えました。伊之助も恟りいたして騒ぐをいろ/\お諭《さと》しなされましたが、これも因果と諦らめ、遂にその夜のうちに首をくゝって相果てました。わずか二日のうちに二《ふた》夫婦と影法師のお若さんが亡《なく》なり、晋齋老人の家《うち》は大さわぎでげす。これも因縁だ因果だと思召すから、それ/″\葬りのこと懇《ねんご》ろになされました。四人の死骸《なきがら》は谷中へ埋葬いたし、老人も落胆《がっかり》遊ばしていると、跡にとり残された岩次でございますが、まだ年も若いにいろ/\奇異のことを目前《めのまえ》に見きゝいたし、両親に別れたんですから現世《このよ》を味気《あじき》なくぞんじ、また両親や兄《あに》姉《あね》の冥福を弔《とむら》わんために因果塚を建立《こんりゅう》したいから、仏門に入れてくれと晋齋にせまります。老人も至極|道理《もっとも》のことゝ、ある住職にたのみ、岩次を仏門に帰依いたさせますると、それから因果塚建立という文字《もんじ》を染ぬきました浅黄《あさぎ》の幟《のぼり》を杖にいたし、二年
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