かけなされましたが、さっぱり効験《きゝめ》がない。お医者にかけないからッてドッと悪くなるでもありませんから、二十年から欝々《うつ/\》と過しているんでげす。さア左様《そう》いう風でございますのに、また一人お若さんが出来て、子供までつれてお出《いで》なされたんですから、鳶頭の驚きまするは当然《あたりまえ》で、幾らくびを曲げ眉毛に唾をつけましても、その理由《わけ》はわかりません。こいつは不思議だぞ、さきに根岸では伊之助が二人出来た例《ためし》もある、こんどはお若さんが二人になったは不思議だ、これは何《いず》れか一人のお若さんは屹度|変化《へんげ》にちがいない、併し根岸の高根晋齋先生のところにござるお若さんが、ヨモ変化である筈はないことだ、そうすると今伊之助と一緒にまいっているお若さんが訝《おか》しい、斯う考えて見ると伊之助も変化かも知れない、根岸で先生がズドーンとやった狸公《たぬこう》が、アヽそれに違いないと、ぶる/\ッと顫《ふる》えあがるのに、お若も伊之助も呆気にとられてこれも茫然《ぼんやり》いたしていましたが、何時まで睨《にら》みッこを致していたとて果《はて》しがありませんから、
 若「鳶頭、お前さんは矢ッ張りわたし等を憎んで、この願いをきいては下さらないのですか」
 勝「なに、そんなことじゃアごぜえません、が、何うもおつりきで」
 若「エ、おつりきとは、そりゃなんの事で」
 勝「なにさ、それは此方《こっち》のことで」
 と申しながら不承不承請合いまして、下谷二長町からドン/\根岸へやってまいりました。高根晋齋は庭に出て頻りに掃除をなすっていらっしゃいます。そのお座敷は南向でございますから、日が一杯にあたって誠に暖《あった》かでげすから、病人のお若さんも縁側へ出て日向《ひなた》ぼこりをいたしながら伯父さんと談《はなし》をいたしておりますところへ、書生さんがお出でになりまして、
 書「エヽ、先生、先生ッ」
 晋「なんじゃ」
 書「鳶頭の勝五郎がまいりまして、至急お目にかゝりたいと申しますが」
 晋「左様《さよう》か……こちらへ通しなさい、また何かそゝッかしやが詰らぬことに目を丸くしてまいッたと見えるな、彼《あれ》も若い時分[#「時分」は底本では「自分」と誤記]から些《ちっ》とも変らないそゝっかしい奴だが、あんな正直な人間もすくないよ、稼業柄に似合わない男だ」
 と仰ゃりながら、ポン/\と裾《すそ》をはたいて縁側へお上りになりますとき、永《なが》のお出入で晋齋先生のお気に入りでげすから、勝五郎はずか/\とおくへまいりまして、そこに出ておいでなさるお若さんを珍らしそうにながめ、何《なん》だか変挺《へんてこ》の様子で考え、まことに茫然《ぼんやり》といたして居ります。
 晋「鳶頭か、よくお出でだね、お前何か心配なことでもあるのか、大層かんがえていなさるね」
 勝「先生様、奇体《きてえ》なことがおッぱだかったんで、またね、狸公《たぬこう》がお若さんに化けてめえりやしたぜ」
 晋「オイ/\鳶頭は何うかしているよ、お前おかしな事をいうねえ、気を落付けてゆっくり物を言いな、些とも理由《わけ》が解らないじゃないか」
 勝「それがね、先生大変なんで、今狸公のお若さんが、あの伊之助野郎と一緒に私《わっち》の家《うち》へ来ているんですから、変挺じゃげえせんか」
 晋「何《なん》だと……狸のお若が伊之助と一緒にお前のところへ来た、ハヽヽヽヽ馬鹿をいいなさい、お前寝惚けているんじゃないかい、そんなことがあるものか」
 勝「ソヽヽそれがね、全くなんで、全くお若さんが伊之助をつれ、若い男までも引張って来ているに違いないんでげす、先生にお詫をしてくれッて」
 晋「ハヽヽヽいよ/\訝《おか》しいよ、お若はこゝにいるじゃないか、殊に二十年来の病気で外出したことのないものがお前の家《うち》へ行《ゆ》くわけがないよ」
 勝「さアそこだッて、それだから狸公だ、てっきり狸公にちがいないんで、よく化けあがったな、ナニようがす、先生、貴方さまが根岸でパチンとおやんなすった短銃《ピストル》はあるでしょうねえ、それを私《わっち》にかしておくんなせえまし、今度は私がパチンとやって遣るんだ」
 と急《あせ》り切って前後|不揃《ぶぞろい》にお若伊之助のまいった次第を話しますので、晋齋も不審には思いますが、自分に遇《あ》って詫を為《し》ようと申すは不測《ふしぎ》な理由《わけ》、ことに子供まで出来十八九ともなっているとは解らぬ事だと、目を閉じて考えてお在《いで》になると、勝五郎は短銃を貸せ、打って仕舞うからと急《せき》たてます。晋齋は最早八十からにお成り遊ばす老人でいらっしゃるが学問もなか/\お出来になる偉いお方でございますから、先ずお若伊之助と名のるものに面会いたした上で、その者等が様子を
前へ 次へ
全40ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三遊亭 円朝 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング